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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
決別のその時に
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何者かの影

まだあの不審な電話の詳細は掴めていない。しかしあまり気負いすぎては仕事に大きな影響を及ぼしかねない。ほどほどに意識しながらも、今日の業務を進めていた。


「最終プロセス、かん……んお? なんだぁ?」


パソコンとにらめっこしながら千羽が間の抜けた声を出す。どうしたと訊ねてみると、テストプレイデータのエンコードが予想より遥かに遅れていると言う。自分のデスクでコンピューターの負荷を確認してみるが、異常は検出されなかった。


「でも実際半端無く重いよこれ。妹尾っち、なんかいじった?」


「人聞きの悪い。俺はあれから余計な介入はしていないぞ」


二人で頭を抱えていると、部長と吾妻がやってくる。事情を説明してみると、部長はすぐにデスクへ戻った。


「なんかあったのかな」


「判ってたら頭は抱えてないんだがなぁ」


いろいろと調べてみるがどうも空振る。今度は三人して千羽のパソコン上で微動だにしないエンコードゲージを睨むが、それで機械が怯むはずもない。途方に暮れていると、セキュリティ管理を行っている社員が部長を呼び掛ける。少し話し合うと、部長が険しい表情で千羽のデスクへやってきた。そして発された言葉に、俺たちは例外なく呆然とすることになった。


「……昨日、ここのサーバーに何者かの違法アクセスがあった。そして……そのエンコードデータに、ブロッキングプロテクタが仕込まれた。そのデータは最早、製品としてはもちろん、テストデータとしても使えない。おそらく、開くことも叶わないだろう」


しばらくの沈黙。ハッとしたように千羽がパソコンを操作する。やはりそれは、高度なブロッキングに阻まれて起動すらしなかった。千羽はやり場のない怒りを机上にぶつけた。


「こ、ここまでやってきたのに……」


吾妻は小さく呟くと腰を抜かしたかのように少しずつ立つ気力を失っていった。俺は最早どうとも動かなかったが、心の奥底に大きな確信をもって、怒りの感情を募らせていた。


「妹尾。現在の状況を踏まえて部下に指示を出せ。もうテスト配信に時間が無い。私も全力で間に合わせるから、おまえも……」


間違いなくこれは、あの一件の犯人の仕業だ。だとしたらどうやってここのセキュリティを掻い潜ったんだ。この会社は秘匿データを多く扱う。だからセキュリティは最新鋭にして最高峰のものを使用している。ハッキングするにもあまりに膨大なセキュリティを突破しないとならない故に、多くのハッカーが泣いて逃げ出すほどに強靭な代物。どんな知識を持ち合わせているのかてんで判りはしないが、こんなの常人の出来る範囲の犯行ではない。それこそ超一流のハッカーが何十人と束になっても攻略が困難なんだ。何を、どうやって、どうしてこんなことに及んだのか。理解したくもないし聞きたくも無い話だが、現実これが眼前に突き付けられている。昨日の今日、と言っても大袈裟にはならないくらいに円滑に行われた事態。怒りと共に、また尋常無い恐怖が心を押し潰そうとしている。こんなの、どうしろって言うんだ。


「妹尾!」


突然響いた叱咤の声。気付くと目の前には部長。周りを見渡せば、吾妻たちを含む俺の部下全員が、俺に視線を向けていた。これが怨恨や蔑みのものでは無く、希望をまだ捨てていない、期待のものであることに気が付くのにそう時間は掛からなかった。


「皆、おまえの指示を待っている」


今度は優しい声だった。俺なら出来ると確信しているように感じ取れる。もう一度周りを見渡す。どんな指示が出されるのかと緊張して生唾を飲んでいるように窺える者、無表情だが俺の言葉を待ち続けている者、微笑んで頼ってくれと言っているように感じる者。部長は真っ直ぐに俺を見つめて頷いている。千羽はほくそ笑むように口角を上げてウィンクしてくる。吾妻は柔らかく美しい笑顔で見つめながら、俺の胸に拳を当ててくる。

――あぁそうだ。俺は一人じゃないんだ。俺を信じて付いてきてくれて、どんなに嫌なことがあっても、どんなに苦しいことがあっても諦めないで、未来に訪れるであろう嬉々とした結果をその身で感じ取るために、共にここまで歩んできてくれた心強い仲間たちが居るんだ。

また一瞬見失っていた。また俺がどうする、俺が何とかするって、無意識に考えていた。周りを見ず、抱え込もうとしていた。でもそうじゃない。俺がじゃない、俺たちが何とかするんだ。


「――セキュリティ班、先の侵入の経路を解析、判明次第俺に提出。各ゲームプログラム班、テストのために仕上げたデータのバックアップはあるな? ならばそれからもう一度テストデータを作成する。データをオールプログラミング班へ回せ。オールプログラミング班は役割分担をして、集まったデータからテストを作成する役割、他にどうしようもないプログラムをもう一度組み込み直す役割、その他必要なAIを纏める役割に分かれて一気に仕上げるぞ。美術班は美術データの齟齬が無いか確認、必要なら訂正を加えてミスマッチを防げ。音声データの管理は部長でしたね。俺と共に再確認します。休憩などの時間は各自で管理してくれ。今夜は……眠れないぞ!」


この瞬間の会社の纏まりは、かつてないほどに心地が良かった。

外は早くも西日が差し込んでいるようだ。一通りの確認のために部長とカフェエリアへ足を運び、純也たちと陽菜に事情を連絡しておいた。ドリンクメーカーからコーヒーを作って持ち運ぼうとして、不意に外を眺めた時だった。


「……ん?」


感じる視線。あの時のそれと似ている。視線を下ろして眼下を見渡す。こんな事態なので今外に出ているのは気分転換か夕食の購入かをする連中だろうが、その中で明らかに違和感を覚える見慣れない男の姿があった。風で煽られても崩れの少ないオールバックの様に額を晒して前髪を流し、整えられているように窺える細い眉と切れ長い三白眼をいっそう引き立たせるキツイ銀縁のメガネ。背丈は俺より少し下くらいで細身の、真冬にも関わらず長袖のシャツと黒のパーカーに赤土のように発色の強い明るい茶のズボンにスニーカーという出で立ち。男はニヤリと嘲笑すると振り返って歩き去って行った。俺はその男に見覚えがある気がする。しかし、その後思い出すことは無かった。


「妹尾、何をしている。一刻を争う状況だぞ」


呆然と突っ立っていた俺を不審に思ったのか、部長が席から呼び掛けてくる。思案の世界から我に返った俺は、急いで部長のもとへ駆け寄った。幸い、コーヒーはまだ温かかった。

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