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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
ただ一つの信頼、一度きりの深愛
37/45

温かな雰囲気

電車を乗り継いで、片道およそ30分すると、そこに広がるのは広大な敷地を惜しげも無く使用した超大型アミューズメントパーク。俺はこの、今非常に獲得しづらいと噂されるチケットを3枚獲得することに成功した。ある手段を用いて。そう、俺はここで彼女たちと離別することを決めたんだ。

火曜に選考が終了したあの2キャラ。彼女たちも様々な衝突やすれ違いを経て本当の絆を結ぶ。まさにあの二人の状況である。俺は、自分の作り上げた企画の、自分がGOを出したストーリーのまさに1ページに近いそれを見届け、また新しい道へ歩いていくことになる。これほどに立案者として胸を張れる経験は無いだろう。

――これでいいんだ。これが俺の望む、彼女の明るい未来に繋がるんだ。

そう心に決意を固め、小さなラッピングの箱をジャケットの内ポケットにしまう。ボタンを閉め、ショートバックパックを肩にかけ、荷物を確認する。あの時星ちゃんが購入した、彼女の衣類が入った紙袋もしっかりと手に取る。忘れ物がないことに頷くと、ゆっくりと家を出た。今日は使うことの無いであろう、だいぶボロボロの愛車を尻目に、俺は金曜日に降り積もった白銀に化粧された、晴れに煌めく見慣れた道を歩いていった。

まだ昼も遠い土曜の10時頃の街に人々はまばら。時折通り過ぎていく小学生に微笑ましい思いになり、部活に急ぐ中学生は俺を追い越して走り去っていく。不意に足が止まってしまったのは、高校生くらいの仲の良さそうな少年と少女。しかし何故か恋人には見えない。兄妹か、はたまた幼馴染みか。そんな二人のつかず離れない距離感に、過ぎ行こうとする少年を必死に追いかける少女の姿に、自ずと既視感が生まれていた。フラッシュバックするのは歌葉との思い出の時間と、今にも動き、無垢に笑い出しそうなくらいに綺麗だった冷たくなった彼女の姿。


「……決別は出来ても、思い出として語るにはまだかかりそうだな」


頭を抱えるように添えていた右手を離し、改めて歩み出す。駅まではもう少しだった。

俺が乗り換えの駅を降りる頃に、ようやく休日らしい賑わいが見受けられた。入れ替わりで先ほどまで空席の目立つ車内が急に人で埋め尽くされる。その多くは家族での乗車のようだ。時計を確認すると、まだ15分も経っていないのだが、微妙なタイミングの違いは大きなものだなと思わされた。ホームから連絡通路へ続くエスカレーターで登ると、そのすぐ近くのベンチに彼女は座っていた。今日もまた、髪型はおさげではなくストレートのようだ。


「あ……お、おはようございます」


三人ともここで合流する手はずだ。俺は挨拶を返して、彼女から半人分離れた位置に座る。どこか気まずそうにしている彼女へ、俺はひとまず、礼を述べた。


「今日はありがとう。急な誘いだったのに」


「急って……土曜の予定を火曜に話してきて、誰がそんなことを思うのですか」


言葉を返した彼女は、少し微笑んでいた。多少の緊張はほぐれたのかもしれない。そこですかさず、俺の用件を済ませようと懐に手を差し込んだ時、彼女が言った。


「15分はもう過ぎてるのに……遅いな、まーちゃん」


まーちゃん。そういえば月曜日にも口にしていた。それが仁科さんの愛称なのか。そう思っても言及はせず、俺は天宮さんにその真実を話した。


「仁科さんは、時間を少しずらして来るよ。俺がそういう風に仕組んだから」


キョトンとする天宮さんに微笑みかけると、彼女は焦ったように顔を背けた。少し寂しい気もしたが、それが当然の反応だと思うと合点がいき、不思議と心はざわつかなかった。


「仕組んだって……私に、何か?」


切り出された質問に、俺は言葉ではなく行動で答えを示した。まずは紙袋を差し出す。彼女がそれを戸惑いながら手に取ると、懐から小箱を取り出して、説明した。


「あの……これは……」


「前に、星ちゃんが買ってくれた服。ほら、クリスマスの」


思い出したようにハッとする天宮さん。中を確認して確信が行ったのか、それを静かに胸元へ引き寄せている。


「そういえば私……。星ちゃん、怒ってましたか?」


怒る必要などないと返すと、天宮さんはホッとしたように息を吐いた。


「遅くなったけど。改めて、クリスマスプレゼントに。それと、これも」


小箱を手渡す。彼女がそれを受け取る時、動きは非常にゆっくりとなっていた。突然のもう一つの贈り物に、困惑と不思議で判断が鈍っているのかもしれない。


「それとは別で……俺からも、プレゼント。お詫びって言うには……少し、安上がりな気がするけど」


しばらく小箱を見つめた天宮さんは、それを抱きかかえるように引き寄せると、うずくまって小さな声で何かを言っていた。どこか苦しいなら席を外さないと、と提案するが、首を大きく振られ、それは断られてしまった。顔を上げた彼女は笑っていた。しかし、首に巻いたタータンチェックのマフラーで口元が覆われ、目元が強調された彼女は、心無しか涙ぐんでいるようにも窺えて、どうしていいのかわからなくなる。


「あの、妹尾さ――」


「――あ、居た居た! もう二人揃ってたのー?」


何かを訴えようとした彼女の声をかき消したもう一つの声。その主はスマホを手にした左手を大きく振って駆け寄ってくる。ストラップのシャラシャラした音を奏でながら近付いた彼女は、天宮さんへ頼み込むような姿勢でごめんと一言声を掛けた。


「いやー、まさかドベになるなんてなぁ。昔っから駆けっこも待ち合わせも一番だったのにぃ。あ~、これちょっと悔しいかも」


「遅かったね、まーちゃん」


自分の言葉を遮られたことに怒っているのか、まったく別の要因なのかはわからないが、少し放つ言葉に鋭さが窺えた。険悪な雰囲気は勘弁したかったので宥めようとしたが、次の彼女の表情と声質の変化に、今の思案が杞憂だったのかと疑ってしまい、口を挟むことが出来なかった。


「さ、メンバーも揃いましたし、行きましょう。ね、まーちゃん」


笑顔で仁科さんの手を引く天宮さん。困惑した表情で俺を一瞥した仁科さんに、俺は答えてやれなかった。

乗り換えた電車、アミューズメントパーク直通の駅は少し先だ。しかし先ほどの電車とは違い、今度は割と満員御礼のような状況。すし詰めほどではないが足の踏み場は限られている車内で、仁科さんが不意に話しかけてくる。


「でも何でわざわざ三人で行くんですか? 二人で行けば――んむっ」


余計なことを言いきられる前に手のひらで彼女の口を覆う。悟ったのか、仁科さんは苦笑いしながらそっと俺の手を外した。


「丁度三枚、チケットが入ったんだよ。うちの事業部長様からのお土産なんだけどな」


仁科さんの後ろにいる天宮さんが、一瞬表情を強張らせた。この事情を知っているのは俺と彼女のみで、仁科さんには伝える必要が無い。言ってしまえば、仁科さんは彼女との最後をキッカケ作る柱に過ぎないからだ。彼女が事情を知った上で俺を引き留めようものならまるで意味が無い。悪いが仁科さんには、そのままで居てもらう必要がある。怪しまれない内に別の話題へ切り替えようと思い、丁度目についた二人の服装に言及してみた。


「そういえば、今日は二人とも、イメージが逆転した服装だな」


「イメージ?」


硬派で誠実なイメージのある天宮さんと、明るく行動的で朗らかなイメージのある仁科さん。それぞれ、パンツスタイルとスカートスタイルが基本だと思っていた。

しかし今日の服装。天宮さんはダウンではなくベージュのトレンチコートで、膝上が割と短い黒のプリーツスカートにタイツを穿いている。コートの中はどうなっているかは不明だ。一方で仁科さんは、白のダウンジャケットにカーキの膝関節くらいまでのハーフパンツ。歩いている時に少しももが見えていたのでニーハイを着用しているようだ。ダウンは少し開けていて、常盤色くらいの濃さのニットカーディガン、襟付きのシャツに赤のタータンチェックのネクタイが窺える。当然二人とも似合っているのだが、イメージには反している気がした。


「イメージはイメージですよ。実際どんな服着たって、似合っているなら良いと思いますよ?」


実際似合っているから返す言葉も無い。少し暖かくなったのか淡いピンクのニット帽を脱いだ仁科さんは、はにかみながら“でもアタシってこっちのイメージなんですね”と言って天宮さんのマフラーの、垂れさがりを軽く引っ張る。


「二人とも同じようなチェックだけど、偶然なのか?」


そして気が付いた二人の共通点。そこに言及してみると、二人はお互いのタータンチェックの小物を見つめ合って、納得したように微笑んだ。


「これ、高校三年の時に二人で買ったお揃いなんです」


仁科さんが答える。天宮さんもそれがまんざらでもなさそうな表情をしている。聞けば、大学入試の願掛けをした帰りに、仁科さんの提案で購入したものだそうだ。しかし、それを受け入れてあげて、しかも今日まで大切にしていたということは、やはり天宮さんは、少なくとも本人の思っている以上に仁科さんを気にかけているのかもしれない。

途端に仁科さんが天宮さんへ、入試の時期の思い出話を語り始める。天宮さんは相づち程度だが答えていて、その表情はどこか温かい。その瞬間に、俺の推測はやはり正しいものだったんだと、大きな確信に心が包まれていた。

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