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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
恋人未満のクリスマスデイ
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秀哉の想い

「買い物?」


白昼の明かりがリビングに差し込む。少し休眠を取って俺の気分がすっきりしたので、全員でコーヒーを飲んでいた時、星ちゃんが不意に提案してきたのは、大型ショッピングモールでの買い物だった。


「せっかくこうして、ゆっくりとした時間を過ごしているんだもの。でもただボーっとしているのもつまらないし、どうせならって」


気分が高揚しているのか、星ちゃんは鼻歌を歌いながらコーヒーを口に含む。天宮さんはミルクと砂糖を混ぜた甘めのコーヒーを飲みながらキョトンとしていた。


「私も?」


「もちろん。滅多に無い機会なんですから」


純也がそう答えると、天宮さんはクスリと微笑んで小さく頷いた。全員がコーヒーを飲み干すと、純也が片付けに名乗り出て、カップを持って行ってしまった。することもないので、外出の支度を済ませるために一旦部屋に戻った。


「秀哉さん」


玄関で天宮さんと二人で純也たちを待っていると、星ちゃんが俺を、二人の自室へ手招きしてきた。俺に次いで天宮さんも動こうとしたが、星ちゃんが何故かそれを止めて、俺一人を室内へ招いた。ゆっくりと扉が閉められると、星ちゃんはひとつ息を吐いて、こう訊いてきた。


「率直な話。秀哉さん、天宮さんのこと好きですよね?」


「はっ!?」


まったく考えてもいなかった言葉に思わず声が大きくなる。タイミング良く純也が部屋に入ってきたが、俺たちは思わず入口を凝視していて、彼は気圧されたように驚いていた。


「え……な、何かごめんなさい」


星ちゃんはジト目で純也を睨み、すぐに引き入れて扉を閉めた。彼女のホッとした溜息が緊張の糸を緩め、俺も拍子にへたり込んだ。


「マイナス100%のタイミング」


「そんなに……」


ひどく落胆したのか、純也は扉の近くでブルーになっていた。星ちゃんはお構い無しに話を続けた。


「秀哉さん、気付いてないかもしれないけど。彼女が傍に居ると顔が緊張してるし、赤くなってますよ?」


「マジで?」


星ちゃんはそっくりそのまま言葉を返してくる。それが事実なのは間違いないようだ。でも個人的には納得できない。確かに天宮さんは良い子だとは思うが、そういった意識になっているはずは無い。そう伝えたが、星ちゃんは己を信じて疑わなかった。


「絶対好きです、彼女を。美人で可愛らしくて、笑顔が素敵で素直な人ですもの、好きになってもおかしくないわ。それに……雰囲気が、どことなく、秀哉さんの大事な人に似てる」


その言葉は、俺の心に大きな衝撃をもたらした。わけのわからない心の痛みに駆られ、俺は床を思い切り殴りつけていた。


「……あの子の話は出すな」


思わず呟いたその一言に、星ちゃんと純也は瞳孔を見開き固まっていた。自分でも驚くくらいに、ドスの利いた声になっていた。


「……ご、ごめんなさい。余計なことを、こんな時に……」


星ちゃんは慌てて言葉を繕う。純也はそんな彼女を守るように包み込んでいた。


「……いや、俺の方こそごめん。こんなこと、言うはずじゃなかったんだ」


嫌と言うほどに募る後悔と懺悔の念。頭を抱えて弁解をした。

二人はそれに首を横に振って答え、左右から俺を支えるようにして立ち上がらせてくれた。


「サンキュー。……二人とも。これだけは覚えておいてほしいんだが……俺はもう、恋と言う感情は勘弁なんだ。したくないんじゃない。きっと、出来ないんだ」


心の苦しさが、一層に増す。深い溜息が自然と出ていた。

部屋の扉が開かれる。そっと顔を出した天宮さんが、心配そうにこちらを見て、こう訊いてきた。


「あの……今、すごい物音が聞こえて……何かあったのですか?」


一瞬沈黙が訪れる。俺は思わず、適当な言い訳を浮かべて彼女を諭した。


「い、いや、ちょっとつまずいて転んだだけだよ。ま、まだちょっと昨日の影響があるのかもな。は、ははは」


「妹尾さんって、意外とお茶目ですよね。ふふふっ」


それは自分でもわかるくらいにわざとらしかったが、天宮さんはそれで納得してしまったのか、可笑しそうに笑っている。難を逃れはしたが、俺の心の燻りが穏やかになることは無かった。


「……さ、さあ、お買い物行きましょう! ね、秀哉さん」


星ちゃんが半ば無理矢理話を切り替え、先導を切って部屋を出た。天宮さんもそれに続いて玄関に向かった。


「兄さん。何かあったら、いつでも相談に乗るよ?」


純也は部屋を出る寸前で立ち止まり、俺にそう言う。頷いたのを見ると、満足そうな微笑みで部屋を出て行った。

朝にも覚えた心苦しさが、また俺の心を覆う。俺は歌葉の一件から、本当にこれまで人に恋したことが無い。それはあの思い出がトラウマになっているから、そう思い続けていた。でも実際、人から見たら俺は、彼女に恋をしているように見えるというのは偶然ではないのだろう。彼女のことを悪く思ったこともないし、むしろ好感を抱くことの方が多いのは確かな話だ。そして彼女も、俺とは違う形であれ、トラウマを持っている。似た苦しみを知っている依代として彼女の傍に居てあげたいという思いは強い。だが彼女は俺と違って恋をしているんだ。誰とも見当はつかないが、そこは俺とは違うんだ。やはり俺は、彼女を支えつつ、応援してあげたい。どんな結果になっても、応援してあげたいんだ。だから俺は、恋心など持っていない。持ってはいけないんだ。


『兄さん、行くよー!』


遠くから聞こえた弟の声に我に返った俺は、すぐに部屋を出て彼の待つ玄関へ向かって行った。

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