表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がいるから  作者: 七瀬幸斗
恋人未満のクリスマスデイ
24/45

好きな人

「ただいま」


ソファでくつろいでいた時、玄関口から聞こえた声。すぐに入ってきたのは、純也と星ちゃん。心無しか、星ちゃんは肌が艶めいている気がする。ゆうべはお楽しみでしたね。


「あれ、兄さん? 今日も仕事じゃ……」


「部長さんが、今日から年末休みに入っていいと連絡があったみたいです」


天宮さんが代弁すると、純也たちは一年間、お仕事お疲れ様と声を掛けてくれた。次いで天宮さんに、先輩だから敬語は大丈夫と諭す。しかし彼女は遠慮しがちだった。


「遠慮無くタメで話してください。気持ちも、楽になりますし」


星ちゃんが促すと、控えめに天宮さんは敬語を止めた。彼女のタメ口は、時折気を抜いている時に話しているのを聞いたことはあるが、それでもどこか新鮮味に溢れていた。


「……なんだか秀哉さん、ちょっと具合悪そう」


星ちゃんがそばに来て、手のひらで俺の熱を測り出す。さらには額同士をくっつけてきてまで測る。だが熱が無いのが、不思議のようだ。


「星、あんまり兄さんに……」


「気付いてなかったクセに何よ」


「う。ご、ごめん」


尻に敷かれる純也を応援したくなるような会話だ。苦笑いしていると、天宮さんが隣に座って来た。いつもより距離が近い気がして、少しドキドキしてしまう。


「昨日、ビール3本空けたら、ダメだったわ」


「3本も一気に? 体に悪いよ……」


心配そうな眼差しで見つめてくる純也を嗜め、動けることをアピールしてみるが、弟の嫁はそれを許さなかった。


「秀哉さん、朝は軽めにしておきますから、今は部屋で転がっていてください」


頬を膨らませてそう言う星ちゃんに敵うはずもなく、俺は強制的に部屋へ連行された。部屋の窓は開放され、ひんやりとした冷気に気分がスッキリしてしまいそうになる。


「お昼まで寝ていて大丈夫ですから、余計なことはしないでください。いいですね?」


念を込めてか、だいぶ近い距離に顔を近付けてそう言った星ちゃんに頷くと、彼女は部屋を離れた。入れ替わりで天宮さんが入って来た。


「あれじゃどっちの嫁かわかんないわ」


「ふふ。それだけ気にかけてくれているってことですよ」


ありがたいけど、何とも言えない気持ちになる。天宮さんはベッドに座ったかと思えば、急に寝転がって俺を見つめてきた。


「何だか、私もまた、眠くなってきました」


最近に多く見る、悪戯な微笑みをすると、小さく可愛らしい欠伸をする天宮さん。気が緩んでいたことに気付くと、うっすら頬を朱に染めて寝返りを打つような動きで顔を逸らした。


「……今日はさすがに帰らないとダメですよね」


すぐに仰向けになった彼女は、右腕を額に乗せて視界に影を落とす。そして、小さくそう呟いた。俺はどう答えていいのかわからなかった。


「……帰りたくないなぁ」


ほとんど聞こえないくらいの声の小ささに、一層天宮さんが本気なんだということを察する。長い間の沈黙、何だか耐えられなくて、思わず長く息を吐いていた。

その沈黙を破ったのは、トークアプリの音だった。自分のスマホを見たがそれではなかった。


「……っ」


同じように天宮さんも自分のスマホをチェックしていたが、どうも表情が強張っている気がする。彼女はすぐに立ち上がり、まるで俺に見られたくない何かを隠すようにデスクに近寄った。


「親御さん?」


そう訊くと、彼女は一瞬のタイムラグを経てそうだと言ってきた。嘘であることは一目瞭然だが、敢えて問い質しはせず、彼女の言葉に頷いた。


「わ、私、朝ごはんの用意が出来たか見てきますね」


天宮さんは慌てて部屋を飛び出していった。俺の作業デスクにスマホを置きっぱなしで、しかも画面が点いている。もちろん内容を見るつもりなどないが、彼女の尊厳のためにも、画面を落としておこうと立ち上がり、彼女のスマホを手に取った。本当に見るつもりはなかったのだが、画面が視界に入ってしまった。


「……!」


当然相手は親御さんなどでは無い。そこに載っていたのは、根津という名前の、文体からして男だ。あの時病院で好き勝手やってたあの男であることに気が付くのに、少し時間がかかった。

何かしらの問いかけを根津がしていたようだが、天宮さんはことごとく返信をしておらず、相手のトーク内容が延々と綴られていた。そしてトークの一番下に書いてあった、天宮さんの唯一のメッセージに、俺は少なからずショックを受けていた。

『最後の忠告です。もう連絡も直接会うこともしないでください。私には好きな人がいます、あなたなんかとは違う素敵な方。もう、邪魔をしないで』


「秀哉さん、朝ごはん……何してるんですか?」


不意に聞こえた星ちゃんの声に驚き、思わず俺は彼女のスマホをポケットに隠す。ひょっこり顔を出した星ちゃんは不思議そうに俺を見つめていた。


「いや、ちょっと、デスクの整理を」


「ごはん、出来ましたよ」


苦し紛れの言い訳に関心無さそうに頷くと話を切り替えてきた。すぐに行くと答えると彼女はリビングへ向かって行った。安堵の息を吐いて、咄嗟に隠したスマホを手に取る。画面はすでに暗くなっていた。しかし俺の脳裏には、先ほどの天宮さんの書いた文がくっきり焼き付いていた。


「……好きな人……」


このままではいけない。彼女の未来に幸せがあるのなら、それを応援してあげたい。わかってはいるんだが、俺はどうすればいいのだろうか。何を以て、彼女のこれからの成就を手助けすればいいのか。――二日酔いのせいだろう、頭が酷く重く、痛い。


「……なんだか苦しいな」


朝ごはんを食べたら、すぐに寝よう。こんなの、今の俺では整理がつかない。

もやもやした感覚と心の重さを痛感しながら、俺はゆっくりと部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ