深雪聖夜(ホワイトクリスマス)の贈り物
「ただいま」
幸いにも、駐車場についてから一層に雪が強まった。予備で積載しておいた傘を彼女に貸し、それから家に入ったが、わずかな時間で一気に雪を被ってしまった。
「お帰り……うわ、真っ白だよ兄さん」
玄関口で髪とコートに付いた雪を払いのける。天宮さんも加担してくれて、背中の雪もある程度落とすことが出来た。
「兄さん、その人は?」
純也が怪訝な表情で問いかけてくる。後から顔を見せた星ちゃんもキョトンとしている。
「さっき電話で話した人。天宮さんだ」
「初めまして。弟さんと、その彼女さん。天宮 陽菜って言います」
丁寧にお辞儀をして挨拶する天宮さんに、星ちゃんが美しい礼節のお辞儀で返す。純也は起立したまま礼をする。
「結城 星と申します。こちらは恋人の純也。寒い中ご足労いただき、恐れ多く思います」
さすがにお嬢様の風格だ。いつもの砕けた感じから一変した大和撫子の挨拶は、非常に美しい。
「ご、ご丁寧にありがとうございます。でも、私はそんな大した者では無いので……。そ、それよりも、突然訪問してしまい、迷惑ではなかったですか?」
「いえ、とんでもございません。近い将来義兄となる秀哉さんのご友人にお会いできて、非常に嬉しく思っております」
真面目なのかジョークなのかわかりづらいその言葉に純也が動揺する。天宮さんはその二人を見て、どこか羨ましそうな視線を送っていた。
「さ、上がって」
「……あ、はい、お邪魔します」
彼女は靴を脱ぐとわざわざ向きを入れ替えた天宮さんを、星ちゃんがリビングへと案内する。育ちがいいのか、それとも、彼女を取り巻いた環境がそうさせたのか、それはいつ答えがわかるのだろうか。
「素敵な人だね。でも、まさか兄さんが女の人を連れてくるなんて思わなかったよ」
純也が冗談のようにそう言う。俺はコートを脱いで靴を片付けながら言葉をかける。
「前に話した、事故に巻き込んでしまった子だよ。ワケあって、顔を合わせる機会が多くなってさ」
「あぁ、あの……そっか。良かったね、良い人みたいで」
それに頷いて部屋に荷物を片付け、冷えた体をシャワーで温めた。体を拭いて髪を乾かし、リビングに戻ると、純也たちが最後の仕上げを行っていた。フローリングに敷いたふわふわのカーペットの上に座っていた天宮さんのそばに行き、ソファに座って彼女に声をかけた。
「ソファに座らないのか?」
「初めて入ったお宅でいきなりソファに座れるほど、図々しい女に見えますか?」
小悪魔のような悪戯な微笑みを浮かべる彼女。反応を窺って楽しんでいるようにも見える。
「いや、それは……。無粋だったな」
「ふふ……。綺麗なお部屋ですね」
話を変えた天宮さんは、部屋全体を見回して小さく溜息を吐く。落ち着かないかと聞いてみると、困ったような苦笑いで誤魔化された。
「素敵なカップル……。ああも仲良くされているのを見ると、こっちが恥ずかしくなりそう」
今度は、キッチンで笑い合っている純也と星ちゃんを見てそういう天宮さん。彼らに送る視線は、どこか切なげだ。
「いつもあんな調子だからもう慣れちまったよ。ま、夫婦円満なのは良いことだし、大目に見てる」
「夫婦はまだ早いよ兄さん!」
向こうからツッコミが入れられる。動揺を隠せない純也に反して、さっき初対面の天宮さんにあんなジョークを言えた星ちゃんはまんざらでもなく、むしろ満面の笑顔だった。おまけに目の前でキスをしだしたので、さすがに視線を逸らした。
「ほ、本当に仲が良いんですね……」
天宮さんもこれには恥ずかしいのか、ほんのり頬を染めて視線を外していた。ちらりと星ちゃんを見ると、してやったりと言わんばかりのドヤ顔だった。
「そう言えば、秀哉さんは天宮さんとどうやって?」
テーブルメイキングを終え配膳を始める星ちゃんが、何気なく聞いた質問に、こっちはちょっと気まずい思いにならざるを得なかった。キョトンとする星ちゃんに純也が耳打ちをすると、星ちゃんは慌てて謝ってきた。
「気にしないでください」
罪悪感の薄れていない苦い表情の星ちゃんを純也は促し、配膳を再開する。俺もやることが無いか訊いてみると、大皿を配膳してほしいと頼まれたのでそれを手に取る。
「あ、私も何か……」
「いいの。お客さんはそこで待ってて」
わざわざ手伝おうとする天宮さんを止め、また純也の指示に従って配膳を済ませていく。クリスマスらしい、実に豪華絢爛な料理の数々。普段使うことの無い大皿を中心に並ぶそれらに、ある意味感激を覚えてしまう。
「天宮さん。何か苦手なものがあったりしないですか? あるなら少し配膳位置を変えますけど……」
「いえ。どれも大好きですよ」
弟夫婦ご自慢のお手製フライドチキンにポテト、ピザを中心に、ホールサイズのサラダが多めに作られている。手元にはスープとシャンパン、そして取り皿にはアクセントのためのマスタードを乗せ、好みに合わせる形にする。傍らに置かれたシャンパンのボトルを眺めると、どうやら高級物のようだ。芳醇な香りと美しく透き通った色味がなんとも輝かしい。
「そういえば、天宮さんはおいくつなんですか?」
星ちゃんが問いかける。彼女が21であると伝えると、純也は先輩相手に失礼があったかもと顔を青くするが、星ちゃんと天宮さんが二人してフォローを加えていた。逆に二人が20であると知った天宮さんは、来年の成人式に先駆けてお祝いの言葉をかけてくれた。
「それじゃ食べよっか。いただきます」
挨拶をして、いつもより少し賑やかなプチパーティが始まった。以前羊羹をプレゼントした時にも思ったが、なかなか食べっぷりがよく、可愛いと思えてしまう。我が家が誇る二人のシェフの料理は口に合うようで、食事につける手も早い。俺は時に手を止め、彼女のその姿に微笑ましい思いを感じていた。
「兄さん、どうかした?」
それを怪訝に思った純也が声をかけてきたが、俺は適当に誤魔化して食べていく。二人きりでの食事にはなれなかったが、こんなに嬉しそうな彼女を見ることが出来たのは、結果オーライだ。引き合わせてくれたすべての要因に、感謝の意を示したい。
意外と会話も弾み、いつもより遥かに時間をかけて終えた食事。名残惜しさと共に、満足感に満たされいた。
「兄さん」
片付けを終えた純也が、傍にやってくる。星ちゃんは洗面所にいるようだ。
「だいぶ雪も弱くなったし、僕らこれから少し出かけるんだ」
それだけでどこに行くのかはなんとなくわかったが、口にできるものでは無いので言わないでおき、純也の本当に言いたいことを察して答える。
「天宮さんは俺が送っていくから、おまえらは気にすんな」
「わかった。それじゃあ、気を付けてね」
純也も洗面所に向かった。二人は二人でよろしくやってくるんだ。その辺りに関わるものでは無い。
「天宮さん。そろそろ遅くなるし、電車が無くなる前に行こう」
「あ……そう、ですね」
とても寂しそうな、切ない表情の天宮さん。でも仕方がないんだ。聖夜に好き合っていない男女が共に居ても、結ばれる運命にはならない。彼女の道にがれきを置いて邪魔することは、俺がやってはいけないんだ。
「ちゃんとお家まで送るから、安心して?」
「……はい」
小さく頷く天宮さん。必要最低限の、財布とスマホとカギを持って、二人で駅まで向かう。だが、いざ駅が近付くと、何やら人の数が多い。この時間にしては異常だ。
『お忙しい中大変申し訳ございません。現在、夕方頃からの大雪の影響でダイヤが大幅に乱れており、次発の列車、到着が大きく遅れております。また本日中の復旧がお約束できない状態であることをご理解いただきたく思っております――』
駅から流れるアナウンス。列車の運行状態を調べるが、どこも目途が立っていない。もっと早くに気にしておくべきことだった。それなら酒も飲まなかったのに。
「妹尾さん……」
「……ダメだ、どこも塞がっている。このままじゃうちに返すことができない」
仕方なく引き返すことに。だが天宮さんは、何故かホッとした表情をしていた。どうしたのか訊いてみたが、あっさり誤魔化されてしまった。
自宅に戻ると、すでに純也と星ちゃんは出かけていったようで、誰もいなかった。怪訝に思った天宮さんが二人の行き先を訊いてきたが適当にぼかして、手洗いうがいをした。
「……静か、ですね」
リビングのソファに彼女を座らせ、二人で外を眺める。クリスマスの夜景に彩られた街の明かりは、天宮さんをわずかに照らす。その可憐で美しい姿が直視できず、俺は思わず立ち上がり、何故か冷蔵庫を開いていた。




