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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
恋人未満のクリスマスデイ
20/45

予想外なクリスマスイブ

「えー!? 予定入れちゃったのぉぉぉぉ!?」


「耳元でうるせぇよ」


24日、今日も仕事はある。休みになるのは今週の週末からだ。

朝礼を終えると早速駆け寄ってきた吾妻が、やはり予定がなんだと聞いてきたので答えてみると、彼女は無駄にオーバーリアクションで返してきた。


「う、うちというものがありながら……」


「いつからやましい関係になったんだよおまえの中で」


解りやすく落ち込む吾妻へ冷静にツッコんでおき、仕事に手を付け始める。例のリズムゲームのボイスアクターたちの収録日程を定めていかなくてはならないため、頭の痛い作業になりそうだ。


「誰!? 誰の魔術にかかってんの!?」


「魔女扱いかよ。別に誰だっていいだろ」


それでもお構いなしに問い質してくる吾妻に仕方なく対応してやるが、思わぬ一言に俺は固まってしまった。


「あの子か! あの大学の可愛い子! 名前知らないけど!」


思考停止したのを見切ったのか、吾妻は余計に喚いてきた。


「やっぱり買春してんじゃんかぁぁぁぁぁっ!!」


「在らぬ事実を大声で話すなアホんだら!」


思わず思いっきり叩いてしまった。案の定、吾妻は子供のように泣き出す。そして背後に二つの殺気を感じる。


「妹尾っち……おれの可愛い吾妻ちゃんを泣かせたな?」


「妹尾。今の話よーく聞かせてもらおうか。んん?」


千羽はともかく部長からは逃げられない。俺はある意味死を感じていた。体温は一瞬で冷え切り、嫌な汗がこれでもかというくらいに吹き零れる。


「さ、こっちへ来い」


目が笑っていない部長の微笑みに背筋が凍りつく。それから説教は長々と続き、弁明や釈明をしきって場が落ち着いた時には、もう短い方の時計の針は12を示していた。

それから昼飯を食べることも忘れて、死に物狂いで今日のノルマを終わらせて何とか定時に会社を出ると、以前よりさらに大粒で多量の雪が降っていた。今夜はホワイトクリスマスのようだ。

長い間触れることすら叶わなかったスマホを開くと、天宮さんから一件のメッセージが届いていた。どうやらこの雪で、出先から帰りのバスが渋滞に引っ掛かり、彼女は途中のバス停で降車したようだ。バス停の名前を聞いて、俺は急いで車を走らせる。こんなにも寒い中で、彼女を待たせるわけにはいかなかった。

彼女は中心街の方へ出向いていたようで、やや外寄りにある会社からそこまで行くのに、急いでも40分近くかかっていた。バス停付近で停車して彼女を探したが、姿はなかった。


「おかしいな……ここだよな?」


もう一度確認しても、やはり目的地はここだ。変わらず雪は降り続いているから心配なんだが、彼女は一体どこへ行ってしまったのか。

気を取り直して連絡してみると、どうやら寒さに敵わず、近くの喫茶店へ逃げ込んでいたらしい。すぐにそこへ向かうと、彼女はわかりやすいガラス越しの席で退屈していた。俺に気付くと、天宮さんは手招きをする。喫茶店へ入り、彼女の向かいに座った。


「ごめんな、遅くなって」


「いえ。私の方こそ、駒のように使わせてしまってすみません……。慣れない場所だったもので」


その言葉に首を振り、ホットを一つ頼む。すぐに来たそれを飲んで体を温めていると、彼女が本題を切り出してきた。


「お食事でも行きますか? それとも、別のどこか?」


約束をしたとは言え、内容まで決めきれていなかった俺たち。考えてはみるが、どうも難しい。悩んでいると、不意にお腹が鳴りだした。


「……くすっ。まずはお食事ですね」


彼女がスマホを取り出して、何かを検索しだした直後、俺のスマホに着信が入る。相手は純也だ。ジェスチャーで断りを入れて応答する。


『もしもし兄さん? 今どの辺りに居るの?』


「わりかし遠巻き」


『うーん、そっか……。雪、これからさらに強くなるって言ってるよ。吹雪になるかもって』


「え」


予想だにしていない事態に耳を疑うが、確かに外は視界をも白に染まり始めていた。純也は早めの帰宅を促してきた。


「あー……わかった。できるだけ早くなるようにするよ」


『ご飯はどうする? 一応作っておこうか?』


その問いに思考が停止する。天宮さんを見やると、彼女はスマホを操作してこちらに画面を見せてきた。急ぎの用が出来たなら構わないと書いてある。


「考えるから、一旦切るぞ」


そう言って通話をやめた。天宮さんに一連の事情を話してみると、彼女はこう返してきた。


「それはいけないですね……。そうですね、外食はやめましょう。こんな天気じゃ危ないから……。あの、ちなみに……人数分を増やしてもらうことは出来ますか?」


「え?」


思わず聞き返すと、彼女は澄ましたはにかみでこう続けた。


「昨日から明日まで、親がいないんです。二人に親交のあった方が大きな事故に遭われたみたいで……。だから私、家に帰っても独りなんです」


事故。できればもう聞きたくない単語だ。だが、そうだとしてもいきなり他人が押し入ることを、二人がどう受け止めるのかがわからない。そう伝えて純也に連絡を入れる。あくまで友達ということを念頭に入れ事情を話した。純也は星ちゃんと少し話すと、こう答えてきた。


『いいと思うよ。僕も星も、賛成だよ。あ、料理のことは気にしないで。元々多めに作る予定だったから、一人増えたところで変わらないよ』


理解のある弟を持てて本当に良かったと思う。俺はお礼を告げて電話を切る。ここに来て彼女を一人にするわけにもいかないと自分に言い聞かせ、俺は天宮さんへ結果を伝えた。会計を全部持って、俺たちは喫茶店を後にした。

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