病室にて
医師の診断に依れば、彼女は軽い打ち身と脳震盪により意識を失っていたとのこと。回復は時間の問題だが、検査入院をする必要があり、一週間の入院になるようだ。もっと恐ろしい事態にならなかったのが、最大の成果とも言えよう。
俺は、会社に連絡して急遽休みを取り、今日一日は彼女の回復を待ち、これからの話をすることへ集中することにした。
「あの。あなたは……?」
彼女の意識が戻ったと連絡が入ったのは、事故からおよそ5時間経った時だった。昼食を取ることも忘れて、俺は彼女の病室へ入った。
ベッドから起き上がり、ただ呆然と窓の外の景色を眺めていた彼女は、その音に気が付きこちらを向くと、そう問いかけてきた。
「あなたが事故に遭遇したこと、聞きましたか?」
そう聞き返すと、彼女はゆっくりとうなずく。俺は、自分が何者かを丁寧に説明した。
「そうですか……。あの時に私、気を失っちゃったんですね」
苦笑いをする彼女。俺の心は居たたまれない気持ちが渦巻き、気が付くと深々と頭を下げていた。
「えっ、あ、あのっ……えっ?」
状況に対応しきれないのか、困惑した声を出してうろたえていた。それでも俺は頭を上げず、謝罪の言葉を告げた。
「本当にすみませんでした。このお詫びは、きちんと満足のいくまでさせていただきます」
「や、あの、そんな、大丈夫です。私が驚いて転んだだけの情けない、お恥ずかしい話なのに、お詫びなんて……あ、あの、本当に大丈夫なので……お、お顔、上げてください」
あたふたしたその声だったが、俺は自分が情けなく、とても対面できるものとは思えなかった。そして、せっかくの彼女の厚意に水を差すように、こう言った。
「いえ、それでは俺の気持ちが治まりません。慰謝料でも通院費でも、何でもいいのでお詫びさせてください。お願いします!」
「あ、あの……。そ、それよりも、そう言えば、自己紹介まだでしたね?」
しかし彼女はわかりやすく話を切り替え、そんな、能天気とも取れる質問を投げかけてきた。
「私、天宮 陽菜って言います。こうして、きっと何かの縁でお話できているのだから……気難しいこと話は、今はやめましょう?」
微笑みながら、彼女――天宮さんはそう言った。俺はそんな彼女を前に、続ける言葉が出てこなかった。
「妹尾、です。妹尾 秀哉」
そのまま何となしに、名乗っていた。天宮さんは俺の名前を復唱し、ゆっくりと微笑んだ。
「すみません。私のせいで……」
「いや、あれは俺の過失であって、天宮さんは何にも悪くないです!」
変わらず俺を責めてこようとしない天宮さんに対して、俺は強く否定する。そこからどれだけ訴えても、彼女が聞き入れる気はなかった。
「……ごめんなさい。延々と、同じことばかり」
似通った話を3度ほどしたところで、俺は今一度謝罪する。それでも彼女は、気にしないでの一点張りだった。
「いいえ。本当に、そういうのは結構なだけですから」
扉がノックされる。彼女が応えると、病室に入ってきたのはピッチリとしたスーツを身に纏った、40歳前後の男二人だった。
先頭だって来た人が見せてきたのは、いわゆる警察手帳だった。
「事故当時の状況について、お伺いしたいことがあります。お時間よろしいですね?」
どうやら、後回しにさせてはもらえないみたいだった。俺はうなずき、彼女の病室を後にした。
その後、彼らの聴取から解放された頃には日が暮れており、今日は帰路に就くことにした。