あなたに
「裏切りだとか騙しだとかしておいてあいつも最低だよなぁ、仲直りしただなんてよぉ。でも安心しろ、オレが守ってやるからなぁ?」
根津がそう言う。守るなどとよく言えたものだ。あの時、あの病室の中で、彼の目の前で暴行してきたくせに。
「そうだ、せっかくなんだ。あいつを陽菜と同じ目に遭わせてやろうか? そうすりゃ寄り付かなくなるだろ。嫌だろぉ、あいつがくっついてくるの。妙案じゃねーか」
高笑いする男へ対して募るものは憎悪の感情。確かに私はあの子は嫌いだ。でもあの子を同じ被害に遭わせるなどという発言はもっと嫌いだ。私は怒りに身を任せて、根津を突き飛ばした。
「痛って……何すんだよ」
怒りを募らせた冷血な瞳で私を睨む根津に、私はそれ以上の嫌悪の視線を突き刺してただ一言、自分の一番低いところから言葉をぶつけた。
「人間以下の屑が」
ひるんだ男を尻目にゆっくりと歩を進め、私は学校を後にする。私の行く先に居た学生たちは散開し、行き止まりは全く無かった。
「雪……」
当てもなくただ歩いていると、空は翳り、しんしんと雪が降り始めた。凍える北風が肌に凍み、真っ白だった頭をリフレッシュさせた。そういえば、この前彼のツラい思い出を教えてもらった時も、こうやって雪が降っていた。
「私は……」
吐く息は白く儚く消えてゆく。私の想いは消えはしないが、何故こんなにも彼を意識してしまうのだろうか。
『私は、あの人のせいで人が信じられなくなりました』
そんな大袈裟な嘘まで吐いて、私は彼に何を感じたのだろう。
あの人はどこまでも真っ直ぐで、純真で、何者にも染まらず、己で在り続けている。そんな彼の想いの強さが羨ましかった。何故だか触れてもらいたかった。声をかけてもらいたかった。初めて見た時から、何かが違った。まるで私と真逆な、凛々しく、高貴で、心が強くて、人に愛されて、温かい。
「……助け、て……あ……そうか……」
何もかもに絶望して、逆らっても逆らいきれない不幸の渦潮に囚われてそのまま沈んでいる私に、手を差し伸べて欲しかったんだ。暗い暗い海の底から、引き上げてほしかったんだ。空から差し込んだ光、そう、彼が光。月でも太陽でも何でもいい。闇を晴らしてくれるのなら、なんだっていい。
「妹尾さん……」
私の深い傷を、舐めとってほしい。治るまでずっと……同じ傷を負った、不幸なあなたに。




