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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
傷付いていくココロ
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愛称≒蔑称

ねぇお母さん。この高校受かったよ。


『ごめんね陽菜、帰った後に聞くわ』


おかえりお母さん。机の上に置いておいたの、見てくれた?


『あぁ、ごめんね。後で見ておくから、今は手伝って?』


『そう……』


お父さんお疲れ様。高校、受かったよ。お父さんが薦めてくれたところ。


『そっか。よかったな』


……うん、そうだよ? だから、その……さ。


『高校生は忙しいぞ。頑張れよ』


『あ……うん』


なんだ、あなたたちもそうなんだ。ちょっとでも違うかなって思っていたのに、期待しなければよかった。


「ッ……何よ、今になってこんな夢……」


カーテンを解き窓見れば、まだ空は暁。寝つきが悪かったのか頭は惚けている。中学を卒業してしばらく経ち、すでに高校へと生活の基盤が変わっているけど、私の環境は変わらないままだった。

憂鬱な気分のまま支度を済ませていき、あまった時間を無駄に使っていた時、部屋がノックされた。お母さんが、思いもしなかった言葉を言ってきた。


「ねぇ陽菜。真尋ちゃんが呼んでるわよ」


思い返されるのはあの時の苦い記憶。それだけでめまいが起こりそうになるのをこらえて渋々ドアホンを取る。画面に映し出されたのは、あの当時の面影が全く消え去った、少々大人びた面立ちの、黒いショートヘアの女性。一瞬あの子であることを疑ったけど、それは発された声で霧散させられた。


「ひ~なっ、久しぶり! あのさ、久しぶりに面と向かい合って話がしたいんだ。嫌かもしれないけど……お願い。顔、見せてほしいな?」


両手を合わせて頼み込むような姿勢をしている彼女を見て、私は小さく頷いてドアホンを切り、玄関に足を進めたけど、ドアを引く手は重い。奥歯を噛みしめ、様々な可能性を頭に思い浮かべる。それだけで手が、自然とドアノブから離れそうになる。それを引きもどしたのは、彼女の言葉だった。


「いるよね、そこに。……嫌だよね、やっぱ。あんなに散々な目に遭わされて、しばらく顔見なくて清々してたら、性懲りもなくうちはまた来て……。でもね、陽菜、聞いてほしいの。うちの……ううん、私の本当の気持ち。だからお願い。陽菜……天宮 陽菜さん。お願いします」


彼女の言葉はどこか綺麗事に聞こえ、心が揺れることはなかった。それでも私は、ゆっくりとドアを開けた。

全身を眺めると、彼女は見たことのあるセーラー服を身に纏い、深々と下げていた頭をわずかに上げ、私を確認したら笑顔で手を握ってきた。


「ありがと……陽菜」


握ったその手を胸元へ押し付け、祈りを込めるように口を動かした彼女は、手を離すともう一度頭を下げてきた。


「あの時は、本当にごめんなさい。自分がなにやってたのか解ってなかった。ただ調子に乗って、他人の不幸が自分に降りかかってきた時のことなんか微塵にも思ってなくて。ガキんちょの空っぽな頭はろくになんにも考えてなかった。あれから自分のした事がどんなことか嫌ほど教えられて、初めて理解できたの。本当にごめん……ごめんなさい……」


私は相づちも何も打つことなく、ひたすら虚無のままに彼女を見つめている。知ってか知らずか、彼女は顔を上げて、言葉を続けた。


「許して、なんて言わない。うちが陽菜の立場だったら許したくないから。……ごめんなさい、陽菜……」


「もういい。もう謝らないで」


いつまでも謝り続けている彼女に、思わず口調が強まり言い放つ。罪悪感はあれど後悔は無かった。私は最低な人間だ。


「そ、それよりもさ! ほら、これ見て! おそろでしょ!」


一瞬硬直した彼女は、すぐに別の話題を振ってきた。彼女はまだ着慣れていないセーラー服を披露するように広げ、その後スカートを摘まんで清楚に挨拶をする。


「頑張ったんだ、うち! なんとしてでも、もう一度陽菜と一緒に学校行きたくて、あっち出てから死に物狂いで勉強して、受かったの! まあ、ちょっと遅れちゃったから転入って形にはなっちゃったんだけど……でも、それでいいの。また陽菜と同じ場所に入れるんだから!」


そう話す彼女の姿に、私は今までに感じたことのないほどの既視感を覚えた。それは少し前の私。誰を信じていいのかわからなくなり、きっとわかってくれると思った家族に成果を見せ続けようとしていた、あの時の私。だから今、彼女が何を言ってほしいのかが手に取るように解る。その言葉が今にも口から漏れそうになったけど、思い留まって他の言葉をかけた。


「よかったね……まーちゃん」


「! ……うん、よかった」


愛称は普通、親しい者へ贈る言葉。彼女がどのように受け止めたのかはわからないけど、私がかけたその愛称は、ある意味、彼女への蔑称だったのかもしれない。


「今日が初めての登校日なんだ。だから、一緒に行こ?」


私は頷くこともしなかったけど、ただ、待っていてと告げて荷物を手にし、ゆっくりと家を出た。虚偽の笑顔が当たり前になってきたのはこの頃からだった。そこからの私はまるで人形。八方美人になり、自分をひたすらに隠し、誰にも正体を見せることなく、笑顔で話を聞き続け、言葉少なく生きていた。そして、大学生となり、あの人と出会ってしまった。

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