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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
傷付いていくココロ
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誰を信じたらいいの

中学に上がると、また少しずつ浮くようになっていた。でも彼女がいるからと思っていたのだけど、その期待はあっという間に裏切られた。


「あ……真尋ちゃん!」


クラスが違ってしまった彼女と会う機会は、登下校の時だけ。この日もいつも通りに彼女へ話しかけたはずだった。


「あーごめん、今日は一人で帰るわ」


彼女はそう言って歩き去って行ってしまった。最初は都合が悪かったのかと思っていたけど、それ以来彼女と一緒に帰ることは無く、私はどこかで嫌な予感を悟っていたのかもしれない。

ある日、お手洗いに立とうと向かっていた時に、私は衝撃的なタイミングに居合わせてしまった。


「あんたあれに付きまとわれてるって? 気の毒~」


「そーなんだよねぇ。もう鬱陶しいっていうか? 小学生じゃないんだからさ、自立しろっての。あははっ」


曲がった先、ほんのわずか行けば八当たりする。足が自然と止まり、自ずと会話に聞き耳が立つ。


「あいつ昔っから根暗で存在感薄くてさ。ちょっと手出してみたら犬みたいにくっつき回ってきて。首輪でも買ってやろうかって思ったくらい」


「うわキツイ~。絶対関わりたくないわあんなの……っあ、やば」


彼女たちが道を曲がり、対峙する形になる。思い返せばこの時に、人を睨みつけてひるませることを覚えてしまったのだろう。私が視線を向けたとき、真尋ちゃんの横に居た女子はおびえているように映った。


「……何?」


反して真尋ちゃんも、私に負けないくらいの鋭い視線を覗かせ、ドスの利いた声で問いかけてきた。


「……別に」


私はそう言って、彼女たちをかわして廊下を曲がった。その瞬間に熱く込み上げる涙を抑えられなかった。

教室に戻ると、嫌に周りの視線を感じる。睨み返しながら席に戻ると、どこか違和感を覚えた。軽く椅子に触れると、粘り気を感じてかすかに臭う。指を合わせてみると、離すのに抵抗感を覚えた。小学校の図工でよく触り、香っていたこの既視感。間違いなくこれは、液体のりだ。


「な、なんだよ」


クラスで目立つ存在の男子を中心に、全体を今一度睨むと、全員が全員視線を外してきた。それだけで、私にはすべてが理解できた。通路に視線を送ると、見覚えのある顔がわずかに映る。隠れているつもりなのだろうけど丸判りだ。


「ほら、席について」


空気の読めない教師が入ってくる。私が立ち尽くしているのを見て、彼女は怪訝な表情で問いかけてきた。


「天宮さん? 座りなさい」


「のりに塗れた椅子に座れと言うんですか?」


そう返すと女性教師は事態を確認するべくこっちに近付いて、私の席を調べる。状況を理解した彼女は一度クラス全体を見たが、当然周りは沈黙している。憤怒の表情を一瞬浮かべたものの、露わにしたらどうなるのかを察したのかすぐに落ち着きを取り戻し、ゆっくりこう言ってきた。


「液体のりはこうなることもあるんだから、持ってきてはダメよ。新聞紙貸してあげるから我慢して?」


この瞬間、教師という人間に対する信頼は潰えた。すべてを悟り、憤り、気が付けば椅子を蹴り飛ばしていた。


「こら、物を大切に扱いなさい! もういいわ、あなたは後ろで立ってなさい!」


自分の世間体を気にして身勝手に原因を押し付けた挙句に理不尽な態度。私は辟易し、彼女をも睨みつけ、初めて大人に舌打ちを放って教室の奥へ下がっていった。クラス全員の視線が集まっていたことを感じ、いっそうに憎悪に塗れた視線を送り返すと、一瞬でそれは散開した。

終業のチャイムを聞くとすぐさま片付け、足早に去る。登校すれば教室に留まらず、始業まで人気のない場所で隠し持ってきていたケータイを触る。そんな毎日だった。部活に入る義務の無い学校だったからどこにも属さず、委員会も名前だけで参加しない。それだけで教師たちからは素行不良扱いされ敵視されていた。あの子たちはもはや登校もせず遊び呆けているというのに。

そして3年生に上がった後のある日。何の因果かまた同じクラスに配置されたあの子から呼び出された。行かないとそれでまた面倒になるのが目に見えていた私は、重い体を動かして指定された校舎裏に足を運んだ。


「来たよ」


人気は無い。梅雨が近いこともあってか淀んだ空が、おぞましい雰囲気の校舎裏を一層際立たせている。身震いし、誰もいないだろうと踵を返すと、呼び掛ける声が聞こえた。


「どこ行くつもり?」


視線を向けると彼女がいた。理想の不良像に大差無い、金に染めたぼさぼさな長髪に情けないくらいに重ねられたつけまつげ、ひざ上がどれほどあるのか考えたくもないほど短くされたスカートは、低俗さを大きく露呈させていて、正直気持ち悪かった。


「ウチさ、あんたに謝ろうと思って」


ゆっくり近付いてくる彼女は屈託のない笑顔に見えるけど、その裏に隠された牙に、私はもう少し早く気が付くべきだったのかもしれない。


「小学校の時さ、調子乗って正義のヒーロー気取りしてたの、あれウソなの。実はあんたのことはあの時から嫌いだったんだ」


今更傷付きはしない言葉だけど、それでも彼女を信じていた時代は無意味だったんだという真実に、やるせない気持ちだった。


「だからさ、ちゃんと言っておこうと思ったの」


当時の私は、ここで危険を察知していた。あまりにも遅すぎた。


「アンタのこと大嫌いだから、アンタが一番嫌なことしてあげる」


逃げようと走り出したけど、何かに躓いて叶わなかった。顔を上げるとそこには見覚えのない男が数人と、いつか私に告白してきたあの男子がいた。


「おひさ~……今でもやっぱかわいいね、天宮さん」


腕を取られ、体を地面に固定される。もがいても、足掻いても、何も変わらなかった。


「かわいい女の子は……きっと声もカワイイんだろうなぁ?」


おぞましい笑顔と荒げた吐息。自分がどうされるのか、この人たちが何の目的でここに居るのか。すべてを悟り、恐怖し、未来を諦めた。


「お~いガキども、何しようとしてんだ?」


「!?」


突然体が軽くなる。よく見ると、他にまた人が増えている。あの子の周りにも、どこかで見たことある女子が数名。


「あんたら、何しに来たのよ!」


「何って……真尋、アンタのやり口にはもうついていけないんだわ、アタシら」


あれは、彼女とよく一緒に居た女子生徒たちだ。そして、私に手を出そうとしていた人たちはたちまち抑えられている。


「チクったな!」


「ヤバいことしようとしてんじゃって思って警察に言ったの。正解だったわ」


警察の女性が介抱してくれている。放心状態と恐怖からの解放で体が動かない。


「ちょ、触んな! キモイ!」


警察に羽交い絞めにされるも暴れる彼女に、コートを着た地位の高い人と思える男性が力尽くで手を掴み取り、手錠をかけた。


「脅迫と強姦未遂。おまえら全員だ」


他の警察も、男たちに手錠をかけ、力尽くで連行していく。校舎裏には、私を介抱してくれている女性を含めて数名の警察官と、通報した女子たちのみが残る。彼女らは私のところにやってきて、深々と頭を下げた。


「ごめん。もっと早く気付けば良かったよね、アタシら。どんだけ頭下げても許してくれないとは思うけど……ホントにごめん」


私は答えず、ただ呆然としていた。女性警官が柔らかい言葉で彼女らを諭すと、それですんなりと理解したのか、もう一度頭を下げて去って行った。


「私は……」


こんなにも苦しくて。こんなにも腹立たしくて。こんなにも悲しくて、いっそのこと死んだ方がいいのかもしれなくて。何も変わらない、血反吐をどれだけ吐いても治まることのない劣悪なこの環境の中で。


「誰、を……信じたら、いいの……」

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