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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
思わぬ再会
13/45

今の絆、昔の絆

『例えばだけどさ……シュウくんは、私が居なくなったら嫌?』


当たり前だろ、俺にはおまえしかいないんだ。こんなに誰かを好きになったのは初めてなんだよ。


『もう……いきなりがっつきすぎ。……愛してるって言って。無言でシ続けるのは嫌……あなたが好きなの』


止まらない……激しく愛おしく、狂おしいほど愛したい。好きだよ……愛してる。


『助けて……助けて……なんにも見えない、わからない!! どこ、ねぇシュウくんどこ!?』


落ち着け、俺はここに居る。どんなことがあってもそばに居る。だから俺を見ろ。


『シュウくん……ありがと。あなたに出会えて、本当によかった』


どこに行くつもりだ? 待ってくれ、行くな! 俺はおまえが好きだ! どんなことがあっても愛してる! だからこの手を取ってくれ!


『……シュウくんの大好きな歌、最期に聴いてもらえてよかったなぁ。……シュウくん、大好きだったよ』


歌葉! ダメだ行くな!


「歌葉ァァァァッ!!」


冬の冷たい外気にも関わらず、肌着に大量の汗が染み込んでいる。体が一気に冷やされ、悪寒にも似た感覚に身震いする。嫌な夢を見た。


『秀哉さん? 大丈夫?』


扉の奥から、俺を心配した星ちゃんの声が聞こえてくる。問題ないと告げるが、それでも心配し続けてくれる星ちゃんをなんとかたしなめた。時計を確認すると、時間はいつも俺が起きる6時30分だったのだが、目覚めの悪さからか気分が優れない。


「何で今、あんな夢を……」


溜息交じりに言葉が漏れる。あれは俺が高校の時の……天国にして地獄とも言うべき思い出。そういえばここ最近、忙しくてあいつに会いに行けてないな。


「今日は早上がりか……ちょうど良いかもな」


スマホを手に取ると、一通のメッセージが入っていた。送信元は、アカウント名「雛」こと天宮さん。俺の少し前には起きていたようで、ほんの数分前に送られてきたものだった。今日の夕方に時間が空いているかという内容に、俺は空いてはいるが行きたいところがあると返した。間髪入れずに、部屋の扉がノックされる。


「兄さん、おはよ……ご飯出来たよ」


顔を見せた純也がそう言うが、俺はそれより純也の顔色に意識が向いた。やけに青白いと指摘すると、純也は苦笑いで答えた。


「あんまり……眠れて、なくて……」


純也は徐々に崩れ落ちていく。嫌な予感がして駆け寄ってみたが。


「くぅ……くぅ……」


予感の通りに、その場で寝てしまっていた。その姿は、まるでここに住み始めたころの星ちゃんだ。彼女はどうやら朝が苦手だったようで、今の純也のような体勢になることもしばしばあったのを思い出し、なんだか可笑しくて笑ってしまう。


「純也、どこで寝てるのよ」


そしてその星ちゃんが純也を引きずって行くという、少し前じゃ考えも付かなかった光景にまた笑みが零れる。


「秀哉さんも、ほら」


星ちゃんに促され、俺もリビングに向かった。今日は洋風なメニューだった。

用意を済ませて時計を見ると、まだ多少の時間が残っていた。一息吐いてスマホを確認すると、彼女からメッセージが返ってきていた。何やら俺に用があるのか、遠慮がちに、同行したいと汲み取れる文体だったので、少し考えはしたが、承諾することにした。


『今朝は晴れますが、上空に留まる大きな低気圧の影響があり、昼頃から夕方にかけて降雪の恐れがあります。冬タイヤに履き替えていないご家庭は車の使用を控えるか、チェーンを巻くなどして対策をするのがおすすめです。最低気温――』


リビングに足を運んで天気予報を確認する。車通勤の身にとっては耳が痛い情報だ。幸い、急激に冷え込むという情報を聞いて、すぐに冬用のタイヤに履き替えたのである程度は大丈夫だろうが、慎重に運転する必要がありそうだ。


「まだ冬休みも始まらないのに、もう雪が降るのね……」


星ちゃんが小さく呟く。そういえば星ちゃんは冬タイヤを履かせたのか問うと、どうやら忘れていたのか、わずかに目を逸らして冷や汗をかいていた。


「べ、別に忘れてたわけじゃないですからッ」


久しく聞いてなかった彼女のツンデレセリフに微笑ましい思いになっていると、星ちゃんはほんのり頬を染めてそっぽを向いた。()いやつめ。


「ニヤニヤしてないでさっさと行ってください! もう時間ですよ!」


星ちゃんに無理矢理背中を押されて行くように促された。微笑ましい思いは変わらずに、俺は家を出た。

朝礼を終えてデスクに着くと、背後から視界を塞がれ、聞き慣れた声で定番の遊びをされた。


「だ~れだ」


「見えん。仕事させろ」


「ぶーぶー」


視界が解放され、俺はすぐに吾妻を小突いた。


「何よぉ、ノってくれてもいいじゃんケチ」


吾妻を無視して仕事を始めるが、どうも彼女は退く気がないのか、ひたすらに俺を見つめていた。


「そういえばもうすぐあの時期だね~」


「そうだな」


次のプレゼン資料と既存アプリの追加データの確認事項を纏めていく。今度はうちの会社が初挑戦となるリズムゲームで、企画原案キャラクターデザインはすでに上層部を通過しているが、スポンサーと、キャラクターに命を吹き込んでくれるボイスアクターを提案してくれる多くの事務所に送る宣材を確定させなくてはならない。当然コケる可能性もあり、慎重かつ大胆なプレゼンが必要となるだろう。


「でさぁ。その~……妹尾くんは、その日予定あったりするのかなーって?」


「そうだな」


仮に宣材のデザインを確定できたとして、どういったボイスが欲しいのかを総合プロデューサーの部長と一緒に練り上げていかなくてはならないし、ストーリーを創り上げてくださる脚本家の方とも連携していかなくてはならない。アプリの形態やシステムは完成していても、まだ多くの課題が残っている。できる限り不具合の少ない状態でリリースさせないと、期待を裏切ってしまうしな。


「その、ほんの少しの間でもいいから、時間作ってもらえないかなぁって?」


「そうだな」


追加データの方も早いところバグ確認組に回さないとな。スポンサープレゼンは明後日の昼だし、とりあえず大体のカタはついているから、いったんプレゼン資料を保存してこちらを進めていった方が良さそうだ。


「人の話を聞けーい!」


「なんだ騒々しいな、まだ居たのか」


喚いている吾妻を見て、さっきから何か用があるのか、そばに居たことを思い出した。そういえば何か話していたな。聞いてなかったけど。


「ぴゅあぴゅあガールがせっかく勇気を振り絞ってクリスマスの予定を訊いてるのにぃ!」


「クリスマスだぁ?」


デスクに置いてあるカレンダーを見やると、そういえばすでに12月の第2週目に突入していたことを思い出す。しかしどうせ年末の週になるまで仕事は続くので、予定なんか立てる気もないと告げると、吾妻が拗ねたように口を尖らせてこう言った。


「仕事終われば時間あるし。どうせ何にも無いだろうって思ってたし。なによなによ、さっさとそう言いなさいっての」


「なんかムカつくんだけど」


思わず彼女にデコピンをいれた。クリンヒットした額を両手で押さえて、頬を膨らませながら吾妻が反論してくる。


「自分のせいでしょーッ! だから妹尾くんは、うちと共に聖なる夜を――」


「あっがつっまちゃぁぁぁん!!」


しかし遮られた吾妻の瞳には闇が募っているようにも窺えた。件の妨害の犯人は千羽だったようで、意気揚々と跪いて吾妻に手を差し伸べる。


「何ようっさいわね!」


「今度食事に行こう、一緒に!」


「行かない。うざい」


「そんな即答されたら傷付くんですけど!?」


やかましい二人を無視して、俺は一服しに席を立った。ちょうど部長のそれとタイミングが重なったので、この際にと案件の相談をした。戻ってきたら、すでに吾妻と千羽はそれぞれの仕事にとりかかっていた。

14時となり、社員全員が退勤となる。外に出ると、白い小さな粒が、しんしんと降っていた。


「寒っ」


吾妻が身震いする。天気予報を見ていなかったのか、マフラーとコートしか防寒具を持ってきていなかったようだ。


「吾妻ちゃん、乗りな! おれが安全に送り届けるから!」


「やだ。ねぇ妹尾くーん?」


千羽の厚意を蹴飛ばして猫なで声でこちらに来た吾妻だったが、今日は都合が悪いと告げるとだいぶげっそりとした表情で訴えかけてきた。


「マジで無理?」


「……悪い、今日は無理」


気持ちは解るが、彼女を送っていては時間に間に合わない。何度も訊いてくる吾妻だったが、どう言っても断る俺の気持ちを察してか否か、小さく溜息を吐いて諦めてくれた。


「その代わりクリスマス」


「吾妻ちゃん、ほら! 甲斐性無しの妹尾っちなんかいいんだって!」


交換条件を立てようと目論んだ彼女を見事に遮る千羽。一言余計なので一発殴っておいた。


「なんで!?」


「いいからとっとと送りなさいよ」


どこか憂鬱げな表情を見せた吾妻だったが、すぐに笑顔を見せ、千羽を引きずって手を振った。申し訳ないと最後に告げて手を振り返し、俺も自分の車に乗り込んだ。

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