不幸な出会い
朝の道路は意外と混まない。並んでもせいぜい2台ほど。制限速度は50、俺の前に車はいない。久々のこんなにも爽快な朝だ、今日は今までにないほどいい日だ。高揚していく心に正直になりながら、俺――妹尾 秀哉は道路を進んでいく。
少しずつ葉が落ちていく秋の、少し空気の乾いた晴れ空。差し込む日差しは心地よく、解放されていく心に、アクセルを踏む力も自然に強まる。速度はまもなく50に達しようとしていた。
「おっと……」
ふと思い出したのは、この先の交差点。そこの信号は、ここらじゃ知らない人はいないほどに知れ渡っている、果てしなく長い信号だ。そのくせ通行量の多い道路なので、酷いと30分も待たされる場所だ。本当なら避けたいが、ここしか通る道がなく、さらに今も煌々と輝く赤の合図には逆らえない。仕方なくアクセルから足を離し、ブレーキの遊びからさらに踏み込もうとした時だった。
「おっ、ラッキー」
本当に運がいい日だ。絶望の赤色灯は希望の青に転換し、歩道の信号の、とおりゃんせがぼんやりと聞こえ始めた。俺はブレーキにかかっていた足を即座にアクセルへ切り替え、また制限速度ギリギリのラインまでスピードを上げた。今一度、解放感が体を刺激する。
「このまま通過だ」
ここまでで、どこかこの一か月の幸運を使い切った気がした。それでも俺は気にせず、この先に待ち受けるであろうさらなる幸せに期待を寄せていた。――しかし、だった。
けたたましい警笛の音が響き渡る。赤信号側の道路からだ。俺は驚き、反射でそちらを見やると、もの凄いスピードでこちらへ突き抜けてくる大型トラックが視界に入った。
「ッッ――!?」
俺は慌ててハンドルで最大限避けるべく大きく切り、ブレーキも最大限踏み切った。
覚悟していた衝突時の衝撃や耳を劈くほどの轟音は響かなかったが、金属のこすれ合う嫌な金音が聞こえてきた。
防衛本能から強く瞑っていた瞳をゆっくり開くと、視界にまず飛び込んだのは、俺の車と密接したガードレール。最悪の事態を免れたことに安堵の溜息をつくと、ハンドブレーキを引き上げてゆっくりと運転席から出た。
しかし、どこか外が騒がしい。車の通行は少なくとも、通行人は多いこの時間にこのような事態が起きれば、騒然となるのは当然の摂理ではある。だが、この騒然はどこかおかしい。ただのパニックによるそれではない。
「誰か倒れてる!」
事態が呑み込めずにいる中、誰かの声が現状を突き付けてきた。
誰かが倒れた。件の信号無視犯の車が見えない以上、この場で何か起きればすべての責任が俺に降り注ぐ。俺のしたことが、さらなる不幸を呼び込んでしまったのだ。
すぐに声が聞こえた歩道へ駆け込むと、人込みをかき分けてその中心に割り込んだ。そこには女性が一人、仰向けで横たわっていた。
「大丈夫か!? おいあんた、救急車を呼べ!」
指図した通行人は即座にスマホを手に取り、通話をしている。その間に女性の意識確認をすると、幸いにも呼吸している。彼女に外傷はほとんどない。強いて言えば、腕に軽い掠り傷がついているということだろうか。
周囲の野次はどうやら増え続けているようだが、俺が指図した人以外行動しようともしていないことに、辟易すら感じてしまう。とにかく俺は彼女が呼吸をしやすいように膝枕をして、救急車をひたすらに待った。それがやってきたのは、それから10分ほど後だった。
「患者の容態、意識有り、応答には答えません。おそらく気を失っているものかと」
「とにかく乗せろ。悠長なことは言っていられない」
やってきた救急隊員は即座に対応し、あっという間に彼女を担架で担ぎ、救急車に乗せた。
あまりにも早業で呆然としてしまったが、我に返ると俺は行こうとする救急隊員に声をかけた。
「俺も一緒に行かせてくれ!」
「あなたは?」
事故寸前の出来事を話し、今一度、一緒に行きたいと告げた。
「……同乗は認められませんが、後ろについてくるのはあなたの判断にお任せします」
隊員はそう言うと救急車に乗り込み、サイレンを響かせて病院へと向かっていった。俺はそれに追いつくべく、急いで車に乗り込み、後に続いた。