第二話 感動
妙な誤解のお陰で、あたしたちはご馳走にありつけた。
ところであたしは、ママのことを思い出していた。
「浮かぬ顔をしているが」。熊親分が訊ねる。
「実はあたし、お母さんを捜している途中なの。歳は25で、ぽっちゃり美人で、趣味は音楽鑑賞、少女時代はビジュアルバンドの追っ掛けもやってたらしい。けど、どこ行っちゃったのかわかんない。寂しいよお」
「うむ、それは大変。ノンキに宴会などしとる場合じゃないの。子分らにも手配させて捜させよう」
「ネエさん。何か失踪の手掛かりみたいなものはねえですか」
「そういえば数日前の夫婦喧嘩で、パパが、上野動物園に唇オバカって怪獣がいるとか、そんな話をしていたわ」
「するってえと、ネエさんのママさんは、上野に行った可能性が濃厚だと」
「うむ。動物園なら同じ動物同士、顔が利く強みがあるわい」。熊親分は胸を張った。
「しかし相手が、唇オバカという怪物となると手ごわいでっせ」
「馬鹿もん! わしを誰じゃと思うとるんじゃ」。熊親分は牙を剥き、獰猛に吠えた。
「拙者も微力ながら力を貸すでござる」。三毛猫も今頃になって言う。
「よし決まった。野郎ども、すぐに武器をかき集めろ。上野動物園に向かう!」
そういうことで、あたしたちはヤバイ武器を満載したトラック二台に分乗し、上野動物園に向かった。
日が落ちて、動物園の門は閉まっていたが、トラックは正面から体当たりし、門をこじ開けてなだれ込んだ。
話をはしょる。結果的にそこには、唇オバカもママもいず、あたしたちは器物損壊と不法侵入、銃刀法違反の現行犯で逮捕された。
主犯格であるあたしとミチ太郎は、未成年であることから厳重注意で済まされたが、熊親分とその子分、三毛猫侍はどうされるかわからない。
ママが泣きながら、「こんなことになったのは私が、チチカちゃんを置いてネットカフェに行ってたせいよ」と言い、パパも、「俺の方こそ、唇オバカなんて嘘ついたからこんなことになったんだ」と懺悔した。
でも安心して下さい。最後はハッピーエンドが待っていました。
まずマスコミが今回の事件を、赤ちゃんを助けた動物たちという美談で取り上げた。すると、世界中で大反響となった。動物愛護や児童福祉の各団体が共同でキャンペーンを張り、減刑を求める署名活動も行われた。
あたしもミチ太郎も、連日ラジオやテレビに出演し、熊親分たちの無罪を訴えた。
さらに、あたしたちの活動を支援してくれる弁護士グループが動き、上野動物園と協議した結果、「今事件に関し、被害を訴えるつもりはない」との覚書をいただけた。
無罪放免となった熊親分たちと再会し、あたしは涙が出るほど嬉しかった。
「ありがとう」
「ありがとう」
わたしたちは例の喫茶店で、お互いの無事を祝った。そこであたしは感動のあまり、ハイハイから二足立ちになっていた。
「うむ。あっぱれじゃ」
そこにはもはや、人間の赤ちゃんだの、動物だの、荒くれだのといった境界はない。一つになれた瞬間があった。
三毛猫は約束通り飼い猫になった。毎日、カルカンをうまそうに食べている。
もうパパはあたしを、不思議系タレントやアバンギャルドな小説家にしたいとは言わない。だってあたしは、度重なる報道番組の出演で有名になり、プロダクションからスカウトされ、新時代の赤ちゃんアイドルとしてデビューを果たしたのだから。
この喜びを全世界の子供たちと動物に伝えたい。
愛をこめて。
チチカでした。