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第一話 仲間たち

 唇オバカという珍奇な怪獣が、先月から上野動物園の猿山を占拠し、悪さをしているらしい。

「あなた。そんな話すると、チチカちゃんが信じちゃうでしょ」

「いいんだ、この子は。不思議系タレントか、アバンギャルドな小説家に育てるんだから」

「私は反対ですッ」

 パパとママが争っている。あたしが産まれたときからずっと、喧嘩の繰り返しだった。夫婦ってヤだな。グレてやることに決めた。

 はーい、ここで自己紹介。あたしは赤ちゃん。名前はチチカ。趣味はまだない。

 こんなふうに主人公が自己紹介する話はイケてない気がするが、話し手があたしだから大目に見てほしい。

 さて、ある晴れた平日のことだった。あたしは、気持ちのいい午後のまどろみから目覚める。お父さんは会社へ、お母さんはどこかに出掛けたらしい。どこかって……どこへ? ママ、どこ行っちゃったのォ。

 15年後にグレる計画で準備をしていたあたしよりも先に、ママが家出を決行したというのか。連日の夫婦喧嘩に疲れたのが原因か。心細いあたし。

 このままママがいなくなったら、本当に変なタレントか小説家にされちゃう。そんなのヤダ。あたしはママを捜しに出る決心をした。

 しかし、あたしはまだ二足歩行もままならぬ、恥ずかしながらハイハイだ。ハイハイの行動範囲は限られている。

 アーンアーン。あたしは大声で泣いた。いつも泣けばママが飛んできた。あたしの泣き声を聞いて、帰宅せよ、ママッ。

 ところがやってきたのは、近所のサイケデリックな少年、ミチ太郎、6歳。

「よちよち。あんまり大声で泣いてると、誘拐犯がさらいに来ちゃいますよォ」。不吉なことを言う。

 それからミチ太郎は、玄関に駐車してある乳母車にあたしを乗せ、外に連れ出した。母親捜しに協力してくれる気か。それとも、こいつが誘拐犯なのか。

 家を出ると、世間には危険がいっぱいだ。片道三車線の国道、落ちたら助からない用水路、飛び込み自殺があったという踏み切り、不良のたまり場であるゲームセンター等。そこに0歳のあたしと、6歳のミチ太郎が行く。

「おー、これこれ」。コンビニの前で、太った三毛猫に呼び止められた。

「なんですか。あたしはチチカ、まだ赤ちゃん。ママを捜しに旅に出てるの」

「それは立派な心掛け。しかしおぬしら、何だか危なくて見ておれん。それで呼び止めた次第じゃが」

「子供だから、危ないに決まってるよォ」。脳の小さいミチ太郎が言い返す。

「よければ、拙者がお供つかまつるがどうじゃ。ただし条件がある」

「条件ってなんですか」

「母上が無事見つかったら、拙者をそなたの飼い猫にしていただきたい」

「いいですよ」

「有り難き幸せ。拙者これでも、猫ながら武士。鋭き爪で、チチカ殿の敵をばっさり斬り捨てるでござる」

 こうして二人と一匹の、母捜しの旅が始まった。

 一行は、買い物客で賑わう夕方の商店街に出た。

「チチカ殿の母上は、案外このような場所に、食料を買い求めに来ておるかもしれん」

「あ、あれ何だ」。ミチ太郎が声をあげた。

 買い物客を掻き分けて、五人の荒くれ者たちが歩いてくる。その後ろに一匹の熊。イタリアンマフィアのようなスーツでキメているが、今にもはち切れそうだ。

「あの熊が親分ってわけ?」

「……これはいくら猫目一刀流を極めた拙者でも、正攻法ではかなわん。とにかく、一時避難じゃ」

 あたしたちは急いで、近くにあった喫茶店に避難した。アイスミルクを三人分オーダーする。ところが、続いて、熊と荒くれ者たちも入店した。異様な緊張感が漲る。

 すぐ近くのテーブルを二つ占拠し、一人が大声で店長を呼ぶ。「とりあえず、何かツマミと、キンキンに冷えたビールを持ってこいッ。それから女も人数分用意しろや」

「あいにくではございますが、当店はキャバクラではございませんので」

「んだァ。客にイチャモンつける気か、てめえェ」

「まあ、やめい」。手下の暴走を、熊親分が抑える。「悪かったのォ。日頃、取った取られたで体を張っとる奴らじゃけん。ついカタギの皆さんにも強がった口を利きよる」

「親分、すんませんでしたーッ」。チンピラが起立し、直角に頭を下げた。

「まあ、ええ。見苦しいから座れや。……オヤジさん、とりあえず何でもいいから、出来る料理を持ってきてくれ」

「は、はい」。店長は安堵した顔で引き下がった。しかしチンピラは納まらない。

「親分に恥かかせました。ここで指をつめるっす」

「やめいと言っとるじゃろうが!」

 仲間も立ち上がり、男を座らせようとする。すごい迫力。ヤクザ映画さながらだ。

 そのときだった。アイスミルクを飲み終えたミチ太郎が無邪気に言った。「すごいすごい。熊も喋るんだなァ〜」

「んだ、コラ。もう一度言ってみろー!」。顔色を変えた男たちが一斉に振り向き、あたしたちのテーブルを取り囲んだ。

「馬鹿ね、あんた。猫だって喋るじゃない」

 ところが肝心の三毛猫は、ゴロニャンと鳴いて普通の猫のフリをしている。

「ごめんなさい。あたしはチチカ、まだ赤ちゃん。この子はミチ太郎、まだ6歳なの。はっきり言って、あたしたちは未熟です」。そう言って、あたしは必死で許しを求めた。

「ざけんな。謝って済むんなら警察も念書もいらんわ」

「まてまて」。また熊親分が男たちを止めた。

「小僧、名をミチ太郎と言ったな」

「そうだよォ」

「今どき、実に勇気ある子供とは思わんか。お前ら」

「はっ。しかし……」

「小僧、教えてやろう。普通そこらへんの大人はな、わしが恐くて、熊などと本当のことを言わんのじゃ。それに比べてお前は、肝が座っとる。あっぱれじゃ」

 あたしは呆気にとられて、ポカンとしていた。

「それにお前、そんなことを言ったのは、こいつが指をつめると言ったのを止めたかったからだろう」

「だから違うよォ」。ミチ太郎は無邪気に否定したが。

「さすがじゃ。すべてを自分で背負う覚悟じゃな」

「お前……、俺を助けてくれたんかあ」

「だから違うってばァ」

「ううっ……」。チンピラが膝をつき号泣した。

「もうええ、もうええ」

 そこにタイミングよく、テンコ盛りの料理が運ばれてきた。喫茶店なのに、刺身や焼鳥も並ぶ。

「まあ、盛大にやってくれ。そこの猫くんも遠慮せず。さあさあ」



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