風の悪戯
証言一 北風
「もう何回負けたか分かんないね、この勝負。何の勝負かって? お話に伝わってる通りさ。旅人の上着を脱がす。それだけさ。俺が自慢の風で、上着を飛ばそうとする。旅人は必死に上着を押さえる。どんなに頑張って吹いても、それは逆効果。旅人は風が強くなればなる程、上着を放そうとしない。いつも通りさ。いい加減嫌になってくるよ。他の方法はないのかって? 北風に風を吹かせる以外に、どんな手段があるってんだい。風の悪戯程度じゃどうにもならないよ。だいたいそれが分かっていて、太陽の奴は勝負を挑んでくるんだぜ。温厚な振りして、どうしてどうして、冷静な計算をする奴だぜ。じゃあ、何で今回は勝てたのかって? それはな――」
証言二 太陽
「おかしいですよ。私が負けるなんてあり得ないです。でも実際のところ負けましたよねって? それがおかしいと言ってるんです。何千年前からこの勝負で、私が勝ちをおさめてきたと思ってるんですか? ずっと同じ形で勝ちを決めてきましたよ。必勝なんです。ええ? 勝てる勝負しかしないのは、卑怯じゃないですかって? 何を言ってるんですか? 北風の奴が、風を吹くしか能がないから悪いんですよ。私の責任じゃありません。それにしても何故今回に限って……いつもと違うと言えば、珍しく頑固な旅人で、一回では勝負が着かなかったことですね。それと、一つ怪しい点が。北風の奴。私の番の時に、一風吹かせやがったんですよ。何か悪戯したにちがいないですよ」
証言三 旅人
「えっ? 人の上着を使って、そんな勝負をしてたんですか? いくらお天道様だからって、人をおもちゃにしちゃいけませんよ。参ったな。皆に見られてたんですか? 恥ずかしいな。いや、まぁ別に、上着脱いだだけですけどね。あれ? でも、どっちが勝ったんですか? お話通りだと、暑くて上着を脱いじゃうんですよね? 旅人は? 私脱いでませんよ。かんかん照りの時は脱いでません。風が吹いてからは、脱ぎましたけどね。ああ、じゃあ北風さんの勝ちか? 珍しいんですか? えっ? 私が初めて? へぇ。そりゃどうも。どうして暑くても脱がなかったって? そりゃ脱ごうと思いましたよ。でも風の悪戯か、誰もいないのに耳元で声が囁いたんですよ。こんなに暑い時に上着を脱いだら、火ぶくれするぞって。それで汗だくの上着を、ずっと我慢して着てたんです。えっ、結局なんで脱いだのかって? それは、その……」
証言四 女
「もう! ちょっと、何よあの風! 何で私だけに吹くのよ! スカートがまくれて仕方がないじゃない! それに寒いって! 何よこの北風! 変なおっさんが、鼻の下伸ばしながら、汗だくの上着差し出してくるし! もう最悪!」