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追放された月の王女ですが、追放先の方が楽しい世界でした

作者: 羅什ルネ
掲載日:2026/02/06

初投稿の短編です。

前略


わたくし、故郷を追放されてしまいました。殺生も盗みも姦淫も拐取も詐欺も放火もしておりませんのに、大罪だとかなんだとか、よく分かりませんが。


でも、もういいのです。何しろ追放された世界は故郷の連中が言うのと違って、とてもとても好ましい世界だったのですから!!


その世界の文字は、わたくしの故郷のものと似ていて、いくつかは読めるものもありましたが、やはり相当に異なっていて理解できませんでした。


その日は、雪というものが降っていました。雪については故郷でも知っていました。故郷では降りませんでしたが。


太陽も沈んだというのに街は煌々と光り輝いて、角張った塔達はまるで天を()る楼閣のように高々と上へ伸びていました。


その日は街中に顔は明らかに若いのに仙人を思わせるような白い口髭を立派にたくわえ、鮮やかな赤の服を纏った者たちを多く見かけました。


わたくしはそんな異世界の中で、特に五つのものが印象に残りました。


ひとつめは、鈍色に淡く輝く冷たい鉢でした。美人は得といいますか、黒や紺の服を着た、顔を赤くした壮年の男女のうちの一人が、「いっしょにのんでいこうよ!!(もろともに飲まん、の意味だと考えました)」といって、譲ってくれたものでした。


その鈍色に輝く鉢の中には金色の液体が入っていました。飲み物の名は、「きりん」だとか「あさひ」だとか、わたくしでも知っている名がついているようでした。一部、さっぽろ?という知らない言葉もあったのですが。


それは、すごく美味しかったのです。故郷で食する淡白な食事とは比べ物にならないほどに。


ああ、そうですわねぇ。故郷に帰ったら、是非ともあの鈍色に輝く鉢と金色の液体を得たいものでございます。


ふたつめに印象に残っているのは、金銀そのほか七色に輝きを放つ巨大な木でした。その頂点には金色の五芒星が輝いていました。


故郷は白と黒が基調のモノトーンで、あんなに色鮮やかで、しかも光り輝く木など見たことがありませんでした。


あの木の枝の一本でも得られたら、なんと日々の充実することでしょうか。是非とも欲しいものです。


みっつめに出会ったのは、鈍色の不思議な服でした。天を摩らんとする楼閣のひとつから火が上がっていたのです。その火に向けて、猛烈な勢いで水をかけている屈強な男達がいました。


ですがわたくしが驚いたのは、彼らが纏っていた服の方です。なんと彼らの服は、火の粉を大量に受けても燃えることがなかったのです。


もしあの服を纏えば、わたくしは太陽にもっと近づけるかもしれません。


ああ、是非とも故郷に戻ったら、あの不思議な服を得て太陽に挑戦したいものですわ。


よっつめは、けたたましい音楽が流れ、若いものたちが激しく踊り舞う場所にあった、光り輝く玉です。やはりモノトーンの故郷に住んでいたからでしょうか、わたくしは色鮮やかなものに目がないようです。


七色の光線がぶちまけられる暗室の中、わたくしも鈍色の鉢から得た金の液体による高揚感故か、数瞬のことではありますが見知らぬ男女と共に踊り、楽しい時間を過ごしたものでした。


きっとあれが故郷にあれば、つまらない故郷の者達も楽しさを見出すことができるのではないでしょうか。


そしていつつめに印象に残っているのは、腹の膨らんだ若い女が持っていた、桃色と白に、ふたつの人らしきものが描かれた不思議なお守りでした。


その若い女とは関係ないところで聞いた話ですが、なんとこの異世界では、今や出産を原因に死ぬ女はそう多くはないというのです。出産とはいつ死ぬかも分からぬ戦場のようなもののはず、そこから訪れる死を回避するなど、なんと凄まじい効能のお守りなのでしょうか。


かのようなお守り、是非とも得たいものです。


ですが、何よりも印象深いのはその五つのどれでもなく、異世界に来た次の日の朝に、動く絵の中の男が言った言葉でした。


「今度の大阪関西万博では、iPS細胞で作られた心臓が展示されます。」


なんということでしょう!!あいぴーえすさいぼう?とかいうのが何なのかは分かりませんが、この異世界の住人は、心の臓すら自ら作り出すことができるというのです!!


更に男はこう言いました。


「アメリカ合衆国は、前回の万博の時と同様、月の石を展示するとのことです。」


なんと、なんと!!この世界の人類は、わたくしの()()に手を伸ばしたというのです!!あめりかとかいうものが何を意味するのかは全く分かりませんが、それでも、「月」は分かります。この世界における、わたくしの故郷の呼び名です。


わたくしは高揚しました。ああ、退屈なあんな故郷よりもずっと、ここで暮らしていきたいと。おおさかかんさいばんぱく、とやらに行って、人が作った心の臓を見たいと。


ですが、楽しい時間は直ぐに終わってしまいました。


月から使者がやってきたのです。


使者は言いました。


「送るべき()()を間違えた」と。


はあ?ふざんけんな、なんていう間もなく、わたくしは謎の空間の様なものに投げ込まれ


気がつくと次の瞬間には、今度こそわたくしは随分としけた、まさしく罪人の流刑地といった場所に取り残されたのでした。



わたくしは、あまりにも退屈になりました。わずか一日もなかったあの異世界のことが、恋しくて仕方がありませんでした。


ですから、わたくしに対する求婚者が現れた時、こう言ったのです。


「鈍色に輝く鉢、仏の御石の鉢を持ってきてください」


「金銀そのほか七色に輝く木の枝、蓬莱の珠の枝が欲しいですわね」


「火の粉をいくら浴びても燃えぬ灰色の服、火鼠(ひねずみ)(かわごろも)を持ってきてくださったなら、結婚いたしましょう」


「七色に光り輝き、人々の意気を高揚させる玉、龍の首の玉があれば、あなたへの恋心も燃え上がるかもしれませんわ。」


「産褥の死すら回避するという最強のお守り、燕の子安貝を得られたのなら、あなたの子を産んでも構いませんわよ。」


結局、誰もあの異世界で見つけた五つのものを持ってきたものはいませんでしたが。


最後に現れたのは、この世界で最も尊いらしい人でした。わたくしは彼のことをそれなりに気に入りました。地位ゆえの余裕か、博学故か、話がそれなりに面白かったからです。流石にあの異世界での僅かな時間での濃い体験に及ぶものではありませんでしたが、それでも、退屈すぎる流刑地での話し相手としては上々でした。


ですから、月から使者が再び来て、刑期満了を伝えた時、わたくしは彼に与えたのです。


きっと千年後には人類は我が故郷に手を伸ばし、自らの手で心の臓すら作るようになると。故に、永く生きよと。


まあ、結局叶えられることはなく、最初に我が故郷に至ったのはわたくしが降り立った世界の者達よりも、随分と顔の濃い者だったのですが。


でも、いいです。わたくしはその者たちに隠れてその者たちが乗ってきた船に乗り込みました。


かくして秘密裏にわたくしは再び地上に降り立ちました。



そしてそこから50年、月の民としては一瞬といえる月日が過ぎて、現代語にも慣れて、2度目の大阪・関西万博の日。開会式で不死の薬を与えた者の子孫の挨拶を見届けた後、わたくしは、人が作り出したというまだまだ小さな、しかし確かに脈を打つ心臓を見て、不老不死なのに生命の進歩への感動を覚えながら、心の中で言いました。


「やっぱり、追放先の方が楽しい世界でした」と。

大阪・関西万博でiPS細胞と月の石を見に行ったので今更ながら書かせて頂きました。Netflixでかぐや姫が話題になっておりますので、月の石と絡めて竹取物語を題材とさせて頂いた形になります。


閲覧ありがとうございました。

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