蟹と柿
走る。走る。走る。走る。地面は水分を大量に含んでおり、ぐじゃぐじゃという感触を足に与える。ひたすら、何処かに向かって走り続ける。轟音が鳴り響く。
「レイヴン!!」
男の叫び声が聞こえる。振り返ろうとしても、どうしてか振り返ることができない。ただひたすらに前を見て、走り続ける。
バターとマヨネーズが混ざった、香ばしい匂いが漂ってきた。
「またか」
男の子は、布団を蹴り上げ体を起こした。
1階に降りると、肩くらいまであり、クルクルと巻かれた赤髪を持つ老婆がキッチンに立っていた。男の子、マドックスの大叔母であるティリーである。
「マドくん、顔を洗っておいで。今日はマドくんが大好きなマヨバタートーストだよ」
「マジで!?やったー!」
マドックスは先程までの眠そうな雰囲気を一掃し、顔を輝かせながら洗面所へ駆け込んだ。
マドックスは自分とティリーのトーストを載せた皿と自分用のココア、ティリー用の紅茶を慎重にテーブルまで運んだ。零さないように、落とさないように、と集中していると扉がコンコンと叩かれる音が不意に聞こえた。
「ティリー!」
「なぁに?」
「お客さんが呼んでるよ!」
「あらまぁ。全然聞こえなかった。病院に行った方が良いかもしれないわね」
ティリーは小走りで玄関に向かっていった。
「どうしようかなぁ」
ティリーがいないのに先に食べてしまうのも憚られ、マドックスはゆっくりとココアを啜った。
「あちっ」
マドックスは慌てて保冷庫に近づき、氷を口に含んだ。口の中の冷たさに安堵しつつ、ヒリヒリとした痛みに耐えていると、ティリーが慌てたようにダイニングへやって来た。
「マド、今すぐに、自分の部屋に行きなさい。蟹と柿よ」
マドックスは急いで階段を駆け上がって行った。蟹と柿。マドックスとティリーの間にしか通じない、「緊急事態」という暗号である。
部屋に入ると、勉強机に近づく。卓上電灯をずらすと、少しの窪みがありそこをマドックスは力強く押した。すると、机の下の床が、ゆっくりと降下していく。マドックスは元の場所に戻し、できた空間に飛び込んだ。マドックスがしゃがむと上面が自動で閉じ、真っ暗な時間が続いた。その間にも、どんどん降下していく。しばらくすると降下が止まり、ゆっくりと背後にあった板が左右に分かれていった。そこから抜け出すと、薄暗く、肌寒い空間が広がっていた。マドックスは何食わぬ顔である方向へ進んで行った。5分ほど歩くとレンガでできた壁を視認することができた。マドックスは壁に近づき、ある一点を体重をかけて押した。するとゆっくりと、扉のようなものが出現し始めた。そのまま押し続けると、ゆっくりと開き始める。そのままマドックスはその間に体を滑り込ませた。ふぅ、と一息をつき、体を前に進めようとすると、何かに足がぶつかった。
「え?」
マドックスがそう呟いた瞬間に真後ろから閃光が飛んだきた。
「今すぐその子から離れな」
「ティリー?」
マドックスは振り返ろうとする。しかし、目の前の何かに肩を抑えられる。
「酷いじゃないか、ティリー。実の兄の親友にそんなことを言うだなんて。マドックス、初めまして」
空間がいきなり明るくなった。
「君を、魔法学校に連れていくよ」





