第7話 留置所にて
8月2日金曜日の夜はホストクラブで翌日の土曜日の朝まで飲み明かした。ちなみにこの店は『ヴィヴィッド』という名前である。
ムノに関する情報を得たら連絡するよう茶髪のホストに言い残し、愛斗は彼とLINEを交換した。
ちなみにこのホストはシンタと名乗る。
翌8月5日月曜日の午前9時すぎに愛斗は赤羽駅前に到着した。すでにリナとヲタスケがいる。
今朝は留置所へ、3人で面会に来たのだ。赤羽警察署は赤羽駅からだと徒歩15分の場所にある。
タクシー乗り場に向かおうとした時、ある人物が現れた。赤毛にサングラス、ピンクのマスクのムノである。
「ムノさんも面会?」
愛斗が聞いた。
「そうなんです」
彼女独特のハスキーな声で回答が来る。驚くことに、彼女は突然カツラとを外し、サングラスとマスクもとった。
そこに現れたのは、地下アイドルとして知る人ぞ知る水村真宇だ。
薄茶色の目に、短く刈りこんだ金色に染めた髪、丸っこい愛らしい顔。
「真宇ちゃん! 君がムノの正体なんだ!」
「この人誰?」
訝しげに、じと目でリナが聞いてくる。
「水村真宇ちゃん。地下アイドルで人気の子。歌も上手いけど、モノマネも得意なんだよね」
「知らなくてもしかたないっす」
おどけた口調で真宇が答える。さっきのハスキーヴォイスはどこへやら。やわらかな、ハニーヴォイスだ。
「所詮地下アイドルっすから。アングラの悲しみー」
真宇は、泣くマネをした。
「あたし昔から自分自身がアイドルファンでもあるんですよね。でも素顔で行くと、色々言う人いそうだから、変装してたんす」
「実は僕ら、ユメカちゃんが犯人だって信じてなくて、君なら何かわかるんじゃないかって探してたんだ」
愛斗は左右を見渡しながら、声をひそめた。
「ヴィヴィッドのシンタさんから聞きました。でも、何にも知らないんです。犯行のあった時間帯には日比谷公園でライブがあって、殺人のあった赤羽からは、遠い場所にいましたし」
「前日日曜日の握手会で、ユメカちゃんが虹色のイヤリングしてたの覚えてる?」
「ごめんなさい。そこまで気にしてなかったです」
真宇は、バツが悪そうな顔になる。
「こっちこそ悪かったね。変な事聞いて」
結局その後4人で警察署に向かう事になった。真宇は再びカツラとサングラスとマスクを着けた。
「ユメカちゃんには、あたしの正体内緒にしてくださいね」
真宇は、皆に念を押した。
「でも愛斗君にはガッカリ」
突然リナがそうぼやく。
「ユメカちゃん単推しじゃなかったの?」
「いや、単推しは単推しですよ」
愛斗は、慌てて主張する。
「えーっ。愛斗さん、あたしのライブでよく見かけたのに、あたし単推しじゃなかったんすね」
真宇が、横から割り込んだ。4人はタクシーを捕まえて乗り込む。車内はすっかり微妙な雰囲気になっていた。
やがてタクシーは赤羽警察署に着いた。面会には警察官が1人立ち会う。
制限時間は15分で、事件に関する話はしないように念を押された。
ビッグサイトで会ってから8日しか経過してないのに、ユメカは別人のようにやつれはてていた。
「ごめんなさい。こんなはめになっちゃって。あたし本当に殺してないです。事件のあった月曜は1日アパートに引きこもってて。それなのに、あたしがカグラさんの家に行ったって人が何人も現れて」
涙声でユメカがこぼす。
「気にしないで。あたし達は、ユメカちゃんを信じてるから」
リナがそう励ました。
「元気そうでよかったよ」
ヲタスケが嘘をついたが、無理もないと愛斗は思う。ユメカは先日会った時とは別人のように憔悴している。
「マネージャーさんは来てないの?」
カツラとサングラスとマスクを着けた真宇が『ムノ』のハスキーヴォイスを作ってユメカに聞いた。
「これから来る予定」
ユメカが答える。
「霜田さん、別にあたしの専属じゃないし忙しいから、何時頃来られるかわからないけど」
どうやら霜田というのがマネージャーの名前らしい。
「ユメカちゃん、歌舞伎町のヴィヴィッドっていうホストクラブに行った事があるんだね。意外だった」
失礼な質問かもと考えつつも、愛斗は思いきって聞いてみる。
「え? あたし、ホストクラブなんて行かない。そんなお金なんてない」
「そうなんだ!」
割り込んだのは、ヲタスケだ。
「ヴィヴィッドで、ホストの人がよく来てたって言ってたから」
愛斗は、ユメカをマジマジと見る。嘘をついてるようには見えない。そもそも嘘をつく必要がないのだ。
「すいません。そろそろ制限時間の15分が経過しますので」
立ち会いの警察官が、口をはさむ。
「もう15分? 早くないですか?」
リナが、口を尖らせた。
「もう経ちますよ。今日は他にもファンの方が大勢いらしていますので、ご理解ください」
「ユメカちゃん、僕はあなたを信じてます」
愛斗は、ユメカにそう話す。
「必ずここから救い出します」
思わず大見得を切ってしまった。
「ありがとう」
ユメカの目から涙が流れた。彼女が愛斗の手をつかむ。それはとても震えていて、細く、冷たく、頼りなかった。
「そろそろ行こう。愛斗君」
ヲタスケが、切なそうな眼差しで声をかける。
「あたし待ってる。あたしを救い出してください」
ユメカがそう懇願した。心残りは大きかったが警官に説得されて、その場を離れた。
面会室を出た後でリナが愛らしい唇を、愛斗の耳に近づける。
「色男」
揶揄するような響きがにじむ。