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第10話 最終話 結末

 赤羽から埼京線に乗った愛斗は、新宿で大江戸線に乗り換えて六本木駅に向かい、そこで降りる。

 そして、リナの住むマンションに向かう。ちょうどそこへ進行方向から、ムノこと蘆屋美瑠紅が来るのに出くわした。

 ムノの後ろから、リナが尾行するのが見える。興信所の人間らしい男も一緒に尾行していた。LINEでリナから連絡があった通り、蘆屋美瑠紅が帽子とサングラスとマスクをつけているのだ。

 愛斗は、思いきった行動に出る。いきなりムノの前に出たのだ。

「ムノさん、こんにちは」

 相手はギョッとするような顔になる。

「それとも、蘆屋美瑠紅さんと呼んだ方がいいかな?」

 黒眼鏡の向こうから、鋭い眼光がビームのように突き刺さるような気がした。

「蘆屋さんは、神楽兆太の娘さんですよね? そして殺された神楽千太の腹違いの妹でもある」

 相手は、無言。ムノの背後にいるリナと、彼女が雇った興信所の人間らしい男性が、呆れたような、あわてたような表情を浮かべている。

「兆太さんが亡くなって遺産は千太さんと美瑠紅さんに分割され、あなたは巨額の金を手にした」

 愛斗は、続ける。

「でもあなたは、今出てきたタワマンを購入したり、歌舞伎町のホストクラブのヴィヴィッドで散財して、いつのまにかもらった金の残額が少なくなっていた。贅沢に慣れたあなたはやがて、千太さんを頼るようになる」

「仮にそうだとしたら、どうだって言うの? だからと言って、あたしが殺人犯とはならないでしょう」

 ムノが、返す。

「蘆屋さん、あなたの顔は幸か不幸かアイドルのユメカそっくりだった。それもあってホストクラブでは、ハンドルネーム代わりにユメカを名乗っていたわけですね。あなたが神楽千太さんを訪れた時全くの偶然ですが、彼はユメカちゃんのイマジナリーフレンドを見るようになっていた。そのためあなたをユメカちゃんと混同して、言われるままにお金を渡した。でもそのうち、千太さんが時折正気に戻るようになり、あなたにお金を渡すのを出し渋るようになった。そこであなたは日本刀で背後から、千太さんを殺したんですね」

「全部推測の話じゃない! 一体どこに証拠があるの!?」

 美瑠紅は大声をあげた。

「警察がユメカちゃんを逮捕したのは彼女にアリバイがなく、ユメカちゃんそっくりの人物が犯行推定時刻に神楽家に出入りしたからです。しかしユメカちゃんそっくりの顔をした女性が他にもいて、その人物の懐に千太さんの遺産が入ってくると知れば、警察の見方も変わる。しかもあなたはムノとして犯行前日の日曜日にビッグサイトのイベントに参加した時、翌日の月曜がユメカちゃんのオフだと知っていた」

 美瑠紅は変わらず、愛斗をにらんだままである。

「ユメカちゃんが一日中アパートに引きこもるのも知ってたわけです。ただ僕らがあなたを犯人だと疑っても困るので、地下アイドルの真宇さんを雇ってあなたに変装させたわけですね。僕は真宇さんのファンでもあったから知ってるけど、彼女も貧乏暮らしだった。あなたに提示された金額は、断りきれない誘惑だったでしょう」

「大した名探偵ね。概ねあなたの推理通りよ。でも、あなたに何がわかるの!?」

 血の底から響くような声で、ムノが話した。彼女はサングラスとマスクを外し、ユメカに酷似した愛らしい顔を現した。

 いや、顔のつくりこそ似ていたが、その眼差しはナイフのように鋭い光を放っている。この残酷な光条は、多分ユメカには出せない。

「私生児に生まれて、あたしがどんなみじめな思いをしてきたか……会ったこともないあたしを捨てた父親が死んで、お金が入った。このお金は今までの悲惨な人生を埋め合わせるための賠償金だと考えたの。あたしも最初は全額使うつもりはなかった。でもだんだん感覚が麻痺してきて……」

「わかるような気はします」

「わかりっこない!」

 叫んだ後、美瑠紅は唐突に号泣する。

「最初は殺す気はなかった。神楽千太にしてみれば、スズメの涙みたいなお金をもらえればそれで良かった」

「そのうち君は、君を本物のユメカと混同している千太さんから、ユメカちゃんのアパートが、どこにあるかも聞き出した。アパートから千太さんの家までの道のりには近く、防犯カメラは途中までの経路になかった。そこで君の頭の中で、千太さんを殺害して、ユメカちゃんに罪をなすりつけるというプランが浮かんだ。でも君は、ユメカという名前をハンドルネーム代わりにしていた。て事は、彼女のファンだったんじゃないの?」

「ファンだったよ。顔が似てたし、あたしも彼女も母子家庭だから、親近感を抱いてた。でも彼女は人気がないといっても、ちやほやしてくれるファンもいる。あたしとは、雲泥の差よ。妬ましい気持ちもあった。千太を殺す気は最初はなかった。でもあたしをユメカと間違えてた神楽千太があたしの正体にいつしか気づいて、『もう、金はやらない。卑しい私生児』と言われたの」

 地獄の底から響くような声色で、蘆屋美瑠紅が気持ちを吐露する。

「あいつはあたしに背中を向けて、『出ていけ』と言い放った。気づいたら、その部屋にあった日本刀を手に持って鞘から抜いて、背中から斬りつけてたの」

 そこへちょうどケイゴがいつのまにか、同僚らしいもう1人の男と現れた。

「マナトさん、やりすぎですよ」

 ケイゴともう1人は、どちらも渋い顔をしている。

「情報を得て、警察でも蘆屋美瑠紅をマークしてました。ほら、蘆屋。一緒に来い。詳しい話は署で聴くから」

 ケイゴが、美瑠紅をそうせかした。いつのまにか、周囲は大勢の野次馬が集まっている。




 翌日のネットニュースでは、神楽千太殺しの真犯人が捕まり、ユメカは釈放されたという報道がなされた。そのニュースを聞いてホッとする。肩の荷が下りた気分。やがてヲタスケから月曜夜8時に会えないかというLINEがあった。場所は都内。ユメカが所属する芸能事務所。

 ユメカ自身の主演で今度の事件の顛末を映画にするという話がt突然持ち上がり、真犯人逮捕に尽力した愛斗やヲタスケ、リナをモデルにした登場人物も出したいそうで、その許可がとりたいそうなのだ。

 無論ユメカの初主演作品である。皮肉だが今度の悲しいいきさつで彼女の知名度が大幅にアップして、映画やテレビや舞台出演等仕事の依頼が急増しているそうなのだ。『2020』で初めてユメカがセンターで1曲歌うという話も出ていた。

 約束の時刻に、愛斗は事務所を訪れる。スマホの地図アプリを使用したので、迷わず来られた。すでにヲタスケもリナもおり、ユメカの姿も無論ある。ケイゴは相変わらず警察の職務が忙しく、今回も姿を見せなかった。ユメカは今日も愛らしく、正視できないオーラがある。

「みなさんありがとうございます」

 ユメカが、深々と頭を下げた。

「愛斗さんはじめみなさんのおかげで、自由の身になれました。留置所にいた時は本当つらくて、くやしくて……」

 その時を思い出したのか、声が詰まった。

「ともかくよかったです。僕らは大した事してないけど、ユメカさんのせいじゃないんだから、いつか疑いは晴れると信じてました」

 愛斗は、答える。

「こういう形で初の主演が決まるのは不本意かもしれませんが、映画撮影がんばってください」

 ユメカがニッコリとほほ笑んだ。愛斗にとっては100万ドルの笑顔である。まるで天使のようだった。

 

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