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キミと駆ける夏の空を  作者: じゃがマヨ
第1章 裂け目の街で
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第7話 グラウンドに落ちる木漏れ日



この手に永遠に届かないものを知っていた。


それはきっと誰もが知っていることで、ありふれた日常の事柄でもあった。




ぞくり、と背筋が凍った。


蒼の影が──染みるように広がっていく。

それは自分の意志ではなかった。

光源が変わったわけでもないのに、足元の黒が、じわりじわりと水を吸うように膨張していた。


影の縁が揺れていた。

その揺れは不規則に脈打ち、まるで心臓の鼓動を持つかのようだった。

床面に広がるそれは、影であるはずなのに“立体”で、ふくよかな厚みと奥行きを持っていた。



隆起する。

めくれる。


まるで地面そのものが伸縮し、下から何かがめくり返そうとしているかのようだった。



「……っ⁉︎」



時間は待ってはくれない。


止まることのない滑らかな砂時計の落下のように、手を伸ばした先から決して掬うことのできない“余白”がある。




思えば、いつもそうだった。



走ることでしか手に入れることができない時間があると信じて、がむしゃらに何かを追いかけていた。


もう戻れないんだ。


それはわかりきっていることだった。




──落ちていく。



事切れた糸と人形のように、——するりと抜け落ちた時間が、より深い闇の彼方へと吸い込まれていく。


視界の周囲が淡く滲んだ。

まるで現実そのものが輪郭を失い、水彩画のように淡く崩れていくようだった。



音もない。

風もない。

ただ一つだけ──耳の中に届いたものがあった。



蝉の声だ。




あの日、千夜の手を掴めなかった。



——いや、そうじゃない。


俺はずっと、“自分”から逃げてきてたんだ。


現実から目を逸らし続けてきた。



取り戻せない時間があるのはわかっている。

どれだけ強く願っても、もうたどり着けない場所があるのも。

足がすくみ、世界がひとつきり息を止めたあの瞬間。



ほんのわずかなためらいが、全ての未来を変えてしまうことを──




その「記憶」が、今になって胸の奥をゆっくりと押し潰す。

冷たい水に沈むような痛み。

音もなく、光もなく、ただ時間だけが静かに削れていくような感覚。


その刹那、蒼の視界に、蒼天の色が滲んだ。



──青。



透きとおるほどに濁りのない色だった。


目の前に広がっていたのは、どこまでも続く真夏の空。


巨大な積乱雲と、——陽だまりの午後。



その穏やかな風の流れに、すべてが飲まれていく。

言葉も、意識も、そして自身のかたちすらも。

現実と非現実の境界が融解し、影と光が等価に揺らぐ。



気がつくと、蒼は立っていた。



見慣れた日常の光景。


トラックの白線が敷かれた、——グラウンドの上に。


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