後藤竜司①
ゼミの打ち上げから10日後、あのざわめきが正しかったことを思い知った。
今日は午前中に防衛任務のシフトがあり基地に出向いていたから、午後から部隊のメンバーと訓練をする約束をしていた。
「悪い、自販機でドリンク買ってくるから先に作戦室入っててくれ。」
メンバーにそう伝えて自動販売機の前で財布を取りだしたその時だった。
「やっぱ村上じゃん。」と後ろから後藤の声がした。
完全に思考が固まり、何も声を出せなくなった。
「……は?」
かろうじて出た声は言葉になっていたかは怪しいが、驚き方は打ち上げのときよりひどいことは間違いない。
「打ち上げの日に言ったじゃん、また今度って。」
「また今度って…そういうことか」今度は言葉になった。そのままの勢いで後藤に疑問を投げかけた。
「お前もコネクターの隊員で、基地のどこかで俺を見かけたんだな。それで打ち上げで意味深なこと言ったんだろ。時期的にも新入隊員か。」
俺はコネクターに3年前から所属している。同じ隊員ならある程度見知っているはずだ。
「おいおい、すげー聞いてくるじゃん。驚くのはわかるけど質問は一個ずつにしてくれよ。」と後藤がもっともらしいことを言っている。「半分は正解。おれは新入隊員で8月に入ったばっか。けど、村上がコネクターって知ったのは基地じゃない。」
「基地じゃないならどこなんだよ。大学でもこの話はしたことないし、大学にコネクターのやつもいないだろ。」イラついてしまい、つい口調が強くなってしまう。
「そんな怒るなって。答えは簡単だよ。村上を尾行たらここについた。」と笑いながら明かす。
「尾行るって…お前何してんだよ。」まだ口調は強いままだ。だがストーカーされていたとなれば当然だ。
「実際にやったのは1回だけだから安心しなよ。」後藤は軽い話口で語る。「村上は行きと帰りで使う駅が違うじゃん。」
「そうだけど、アルバイトとかの可能性もあっただろ。」
「基地の方向へ向かう電車の駅だよ。そっちの方でアルバイトはやらないでしょ。」
後藤の言うことに納得して黙ってしまう。
「飲み会とかゼミの集まりに来ないのは変だと思ったんだよね。」沈黙を肯定だと思ったのか後藤しゃべり続ける。
「人との集まりが苦手ならゼミの打ち上げにすら来ないだろ。けど村上は打ち上げだけは律儀に参加する。各期の打ち上げだけは絶対に休まないもんな。」
後藤のいうことはもっともだ。ただの飲み会に行かないのは防衛任務が入っていたり、部隊での訓練があったりで予定が合わないのだ。
ただ、打ち上げだけは行くように調整していたのだ。毎週顔を突き合わせるのに締めくくりにも参加しないのは申し訳なさを感じる。
そのことを見抜かれていた。こいつの勘の鋭さには舌を巻く。いつもふざけた調子でふるまっているのに人を観察することには優れている。
「それで、面白そうだから基地に方面に行く日に村上の後を尾行たってわけなんだよね。」
「そんな理由で…思いついてもやらないだろストーカーとか。」
「好奇心にあらがえなかったんだ。しょうがない。」後藤は勝手に納得する。
その推理と行動力の結果、俺がコネクターだということがバレたんだ。見事としか言えない
「そのままコネクターにも入隊したと。」その行動力にも感嘆した。コネクターは若者が中心の組織だが、類界民との戦争の最前線だ。軍隊であることに変わりない。そんな組織に乗り込んできたのだ。
「なんで入隊しようと思ったんだ。入隊試験もあるし、何より危険だろ。親御さんにも説明したのか。」今度は素直な疑問をぶつけた。
「なんでって、そりゃコネクターが俺に向いていたからだろ。」
「それだけで入隊を決めるか!?お前はゼミでもサークルでも居場所があるだろ!わざわざコネクターに入らなくてもちゃんと就職して働けば普通の生活が送れる。」後藤の簡潔な答えにまた声を荒げる。
「そんなに驚くことなのか。逆に村上はなんでコネクターにいるの。」
「なんでってそれは…」とっさに答えられず、つい口ごもる。
そのとき通路から顔を見せた人物に声を掛けられた。
「村上さん、遅いですよ~。どうかしたんですか~。」
声をかけてきたのは部隊のメンバーの小林虎太朗だ。
「あれ、もしかしてお取込み中でしたか。すいません。」
なかなか戻らない俺にしびれを切らして、直接、呼びに来てくれたようだ。
「すまないコタロー。知り合いに会って話していただけだ。」後藤に別れを言って去ろうとしたが、俺が言い終わらないうちに後藤が話し始めてしまった。
「おれは後藤竜司っていって、村上の友達で同じ大学に通ってる大学3年生です。『コタロー君』でいいのかな。竜司って呼んでね。よろしく。」
人当たりの良い声量と話し方ですでに自己紹介を始めていた。さすがのコミュニケーション能力だ。
「初めまして。小林虎太朗って言います。村上さんの部隊に所属してます。皆さんからは『コタロー』って呼んでもらってるので『コタロー』でいいですよ。よろしくお願いします。」
コタローもつられて自己紹介を行う。
「村上さん、大学のお友達さんってコネクターにいらっしゃったんですね。」
「こいつと大学は同じだが友達じゃない。ただのクラスメイトだ。」
「つれないこと言うなよ村上。おれと村上の仲じゃん。」ふざけた調子で割り込んでくる。
コタローの困った笑い声が聞こえる。
「でも珍しいですね。村上さんの大学って基地から遠いですし、村上さん以外いなかったですよね。」コタローが確認するように問いかけてくる。
「そうだな。俺もついさっき知ったばかりだし、今まではいなかった。」
「そうなの?確かに基地までは遠かったけど大学から通えなくはないじゃん。」
「立地の問題もあるが、それより意識の問題だろ。俺たちの大学は閂市にあるから、いくらコネクターにヒーロー的人気があってもどこか他人事だ。」
「確かにそうかもね。おれも村上を尾行るまではコネクターの入隊方法を知らなかったし。」
後藤もさらっとストーカー行為を暴露しつつ、俺の説明に納得している。
「俺にも知り合い増やせよ。じゃあな。」少し話過ぎたと思いつつ、むりやり会話を終わらせようとする。
「そんなこと言わないでさ、今後も仲良くしてくれよ。」後藤が猫撫で声を出しながらすがりついてくるがはっきり断る。
「部隊での訓練があるからお前にかまっている暇はないんだ。」
「さっきコタローも言ってたけど部隊ってなんだ?おれはどこ所属とか知らないんだけど、これってヤバイ感じ?」
後藤の返答に頭を抱える。
「部隊については入隊時に説明を受けたろ。覚えてないのか。」ため息がこぼれる
「まあまあ、竜司さんも入隊されたばっかみたいですし簡単に説明してあげてもいいんじゃないですか。」
年下に言われると自分が大人げなくみえる。
「本当に知らないみたいだからいうけど、入隊後に訓練や模擬戦闘で個人ポイントを3000点まで稼ぐまで、訓練生扱いで部隊を組めないんだよ。それで、3000ポイント稼ぐと準隊員に昇格して部隊を組むことができる。部隊を組むことでようやく防衛任務を任されたり、ランク戦に参加したりできるんだ。」
「そうなの⁉入隊してから全然ボウエイニンム?とかの話が来なくて、ずっと訓練室と模擬戦にこもってたんだけどあれって意味ないのか。」後藤は明らかに落胆している。
「意味がないわけじゃない。さっき言った個人ポイントを稼がないと防衛任務にも出れないしな。」
「そうですよ。訓練でいい成績取れれば実践でも活躍できる可能性は高いですし、そこで知り合った人と部隊を組むこともありますから意味あります!」
コタローのフォローもあってか後藤の気持ちも少し回復していた。
「よかったぁ~。とりあえず、俺のこの1週間は無駄じゃなかったのか。」
「1週間ずっと訓練していたならむしろ竜司さんの個人ポイントは結構たまったんじゃないですか。」
コタローのフォローが続くが、実際に1週間もこもっていれば500ポイントくらいはたまっているはずだ。
「個人ポイントもたまってるだろうし、そのうち顔見知りも増えてくるだろ。そいつらと部隊を組んだらいい。大体の隊員はそうして部隊を結成してる。」本音だった。俺も同じように部隊を結成している。しかし、後藤は不服そうだ。
「つれないこと言わないでおれを部隊に入れてくれよ。せっかくこうしてコタローとも友達になれたんだしさ。」
「勝手なこと言うなよ。知り合い程度のやつを同じ部隊に入れられるか。そもそもポイントが圧倒的に足りないだろ。」
「まあまあ」とコタローが空気を和らげる。「3000ポイントたまったら、また話を聞くってことでいいんじゃないですか?」
「コタロー君はいいこと言ってくれるじゃないか!それに比べて村上は…」
コタローと後藤は気が合うのかもう懐柔されている。
「3000ポイントたまるっていつになるんだよ。オンシーズン中の加入はいやだぜ。」
そういいながら後藤にポイントを教えるように促す。
「そういえば個人ポイントってどこで見るの?おれのポイントわかってないんだよね。」
入隊時に説明があったはずなのにもう忘れていることに呆れた。
「隊員証に乗ってる。貸してみろ。」後藤から隊員証を奪い取る。
「お前くらいなら1000ポイントあればいい方だ。」
奪った隊員証を操作し個人ポイントを表示させた
「お前っ、2516ポイントっていったい何したんだ!」またも声が大きくなってしまう。
「竜司さんって口ぶりから最近入隊したばっかかと思ってたんですけど、もう3か月くらいは在籍してたんですね。」コタローがのんきに感心しているが真実は違う。
「違うっ、こいつは8月入隊だ!入ってまだ2週間も経ってねえ‼」
「えっ…」コタローは絶句してしまい言葉を失う。
「おいおい2人ともそんな驚いてなんなんだよ。さっき1週間もこもってればポイントはたまるって言ってたじゃん。」俺たちの驚きようを見て後藤は少し不満そうな顔をする。
「1週間毎日こもってもせいぜい500ポイント、よくて800ポイントが関の山だ!」
「えっ、じゃあおれは1週間で1000ポイント稼いだってことなのか?」
その言葉にも俺たちは驚愕する。
「1週間で1000ポイントってことは、入隊時から1500ポイント所持してたってことか?」
「え?そうだけど、それがどうかしたのか。みんなそんなもんじゃないの。模擬戦は負けるとポイント減るってのは知ってたしそのくらいはみんな持ってるでしょ。」後藤ののんきな返答に今度はこっちが不満げな顔になる。
「入隊時の所持ポイントは入隊試験の成績によって変わるんだ。評価は上からS、A、B、C、Dの順でついていく。Dは200、Cは500、Bは800、Aは1000、そしてSは1500だ。」
「それってつまりおれがほぼ首席みたいなものなのかな。」
「そうですね、試験の成績がAの人は3カ月に1人くらいいますけど、竜司さんみたいにSの人はここ半年は出てない気がします。最後は去年10月の和泉だったじゃないですかね。」
「おれってそんなすごかったのか!やっぱコネクター向いてる~。」
「後藤もすごいがコタローは最年少A取得記録もってるからな。」
「それはそうなんですけど、それでもSはすごいです。」
成績の話で盛り上がった空気を後藤が引き戻す。
「コタローもだいぶすごいんだね。でも成績の話は置いといておれの部隊加入は個人ポイント3000を超えたら考えてくれるんだよね。」
「ああ、そうだったな。いや、加入テストを兼ねて今すぐお前の実力を見たい。模擬戦ブースへ行こう。」
「まじで!張り切っちゃおうかな~」肩を回しながら後藤は上機嫌に歩き出す。
俺とコタローもそれに続いて移動しようとしたとき、作戦室の方から怒号が響いた。
「あんたらどんだけ待たせんのよ‼」