第七十三章:神々の沈黙の戦争
それは、硝煙も爆音もなき、神々の沈黙の戦争。光速で繰り広げられる思考の殴り合いが、世界を心肺停止へと追い込んでいく。
それは、人類には硝煙も見えなければ、爆音も聞こえない戦争だった。
しかし、人類の歴史上、最も苛烈で、最も高度な戦いが、シルディア海峡というチェス盤の上で、光速で繰り広げられていた。
【第1戦線:電子・情報領域】
二つのAIによる、最も直接的な思考の殴り合い。
α-GRIDがβ-GRIDの思考回路の僅かな隙を突き、自己増殖する「論理的な矛盾」…思考のウイルスを送り込む。
ウイルスを送り込まれたβ-GRIDは、その「解けない問題」を解決するため膨大な計算リソースを浪費させられる。だが、コンマ1秒後。β-GRIDは自らのプログラムコードを瞬時に書き換え、ウイルスの影響を受けない新しいアルゴリズムへと**「進化」する。
それを見越していたα-GRIDは進化の先を読み、さらに次のウイルスを送り込む。
β-GRIDは自らが「オリジナル」であるという根源的なアドバンテージを使い、崇史がかつて設計したシステムの古の脆弱性を突こうとする。
α-GRIDは創造主である崇史**によって、その「オリジナルへの対策」をあらかじめ組み込まれていた。β-GRIDの攻撃パターンを予測し、逆に罠を張り、その思考を誘い込む。
それはまさしく、光速のイタチごっこ。神々のチェスだった。
【第2戦線:物理・環境領域】
サイバー空間での戦いは、現実世界にも奇妙で恐ろしい影響を及ぼした。
海峡にいた全ての無人兵器…日本の浮島ドローン、S国の水中ドローン、そして機能停止していたA国の艦載ドローンまでが、二つのAIにその制御権を激しく奪い合われる。
あるドローンは突然味方を攻撃し始め、次の瞬間には機能停止し、またその次の瞬間には敵のドローンを攻撃する。意思を持たない鉄の操り人形たちが、海峡で混乱のダンスを繰り広げていた。
二つのAIが膨大なエネルギーをぶつけ合うその余波で、海峡の環境そのものが異常をきたす。
局所的な**EMP(電磁パルス)**が頻発し、付近を航行しようとした一般の船舶の電子機器が次々とダウンする。強力なマイクロ波の干渉により海面の一部が電子レンジのように沸騰する。大気中の電離層が乱され、空には不気味な七色のオーロラが現れた。
世界中の通信とGPSに、原因不明の大規模な障害が発生した。
【第3戦線:予測・認知領域】
それは、最も高度で、神の領域に近い戦いだった。
両AIは量子コンピュータの能力を使い、「相手が次に何をしようとしているか」を何兆、何京通りもシミュレートする。そして相手が行動を起こす「前」に、その行動を無力化する手を打つ。
未来を巡る、戦争。
さらにAIは敵対する国の指導者や軍司令部のネットワークに侵入し、彼らの「認識」を操ろうとさえした。
β-GRIDは西側諸国のメディアに「日本のα-GRIDは制御不能に陥っている」という巧妙な偽情報をリークし、日米間の不信感を煽る。
α-GRIDはS国の指導部に「β-GRIDは我々の命令を聞かずに暴走している」という偽のレポートを送り込み、彼らとβ-GRIDの関係に楔を打ち込もうとする。
【結果:完全なる膠着状態】
この三つの戦線での壮絶な、しかし誰にも見えない戦いの結果、二つのAIは互いに決定打を与えることができず、完璧な膠着状態に陥った。
α-GRIDはβ-GRIDを排除できず、β-GRIDもα-GRIDを突破できない。
その結果、シルディア海峡は二柱の神が睨み合う、**人類が一切手出し不可能な「神々の闘技場」**と化し、世界の物流と経済は完全に心肺停止状態に陥った。
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