第七十章:神の国
革命から三年、日本はAIに管理された『神の国』へと変貌を遂げた。国民は、Ωを本物の神だと信じ始めていた。
2036年3月1日、土曜日。
かつて世界が「自滅する」と嘲笑った国は、その嘲笑を絶対的な沈黙に変えさせるほど、その姿を完全なまでに変貌させていた。
都内、とある公営住宅。
一人の主婦がベランダで洗濯物を取り込んでいる。
二年前、彼女は冷え切った体育館で僅かな配給食のために何時間も列に並んでいた。あの頃の絶望はもうない。
今、彼女の家のキッチンにはAIが彼女の家族の健康状態を完全に計算して、毎日届けられる「完全食」が溢れている。
電気もガスも水道も全てが無料で無尽蔵に供給される。それは日本近海からAI制御のドローンが無限に掘り出すメタンハイドレートと、そしてEEZの境界線上に浮かぶ無数の『小型核融合炉』がもたらした恩恵だった。
彼女は部屋に飾られた一枚の写真にそっと手を合わせる。
それはあの『審判の日』にスクリーンに映し出された、悪魔の半面をつけたΩ(オメガ)の写真だった。
「Ω様、いつも、ありがとうございます…」
その小さな祈りの声は、今この国のあらゆる場所で響いていた。
日本の、排他的経済水域(EEZ)。
若い自衛隊員が海の中からゆっくりと姿を現した巨大な黒い「島」の上で、水平線を見つめていた。
それはα-GRIDの管制下でAI制御の工場が驚異的なスピードで製造・配備した、浮島レールガン要塞だった。
彼はこの鋼鉄の、そして自己修復機能さえも持つ新しい「国土」の上で任務に就けることに、強烈な誇りを感じていた。
もうA国の顔色を窺う必要はない。S国の脅威に怯える必要もない。
このAIに守られた絶対的な「聖域」。
それを与えてくれたのはΩ(オメガ)。
最悪期を乗り越えた国民は、そして自衛隊員たちは、Ωを本物の「神」だと信じ始めていた。
その頃、官邸地下、危機管理センター。
「――以上です。国民のΩ(オメガ)への支持率は、今や計測不能な領域に達しています」
香の冷静な報告に、一条は複雑な表情で頷いた。
彼はどこか遠い目をして呟く。
「…そうか。彼らは、神を手に入れたというわけか」
その一条の視線の先。
巨大なモニターには、サンクチュアリの最深部で、ただ静かにα-GRIDの開発をさらに次の段階へと進めている崇史の姿が映し出されていた。
彼が国民から神として崇められようと、そんなことは彼にとってどうでもよかった。
彼の目的はただ一つ。この狂ったゲーム盤を、根底からひっくり返すこと。その瞬間だけを、彼は待っている。
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