第五十六章:二ヶ月の猶予
空港に響く、子供の泣き声。港に降ろされぬ、コンテナ。それは、日本の物流が終わりを告げ、世界から孤立していく、始まりの光景だった。
2033年4月8日、金曜日。
Ω(オメガ)によるあの「審判」から一週間後。
日本は表向き、奇妙な静けさを取り戻しつつあった。だがそれは、嵐の前の張り詰めた静寂に過ぎなかった。
その日、Ωの代行機関である「国家再生評-議会」の名で、最初の具体的な「通達」が、再び日本中のスクリーンに映し出された。
読み上げるのは、もうすっかり新体制の「顔」となった、アナウンサーの新島だった。
彼女は、感情を殺した無機質な声で、その、あまりにも冷徹な新しい「法」を読み上げていく。
『――全国の主要な空港、及び、港に、臨時で「出国管理センター」を設置する。
日本国籍を持たない者は、本日より、二ヶ月以内にそこへ出頭し、国外退去手続きを完了せよ。
また、帰化した者については別途、我々が再度審査を行い、その資格が不適正と判断された者は、これを取り消し、国外退去とする。
なお、この通達に従わない対象者は、Ω、及び、「国家再生評議会」への反逆行為とみなし、遺憾ながら『適切に処置』する――』
その通達は、まだこの国に、わずかな希望を抱いていた、全ての外国人の心を、完全にへし折った。
成田国際空港、第一ターミナル。
かつての賑わいが嘘のように静まり返ったその場所に、静かな絶望の列が、どこまでも続いていた。
何十年もこの国で暮らし、家族を築き、人生を捧げてきた人々。彼らは、たった一つのスーツケースに、人生の全てを詰め込み、黙々と出国手続きの順番を待っている。
もう、怒号も、悲鳴も聞こえない。
ただ、時折子供の小さな泣き声だけが、だだっ広いロビーに、虚しく響いていた。
横浜港、大黒ふ頭。
巨大なコンテナ船が接岸している。だが、岸壁に荷物は一つも降ろされない。
船員たちは、ただ黙々と、タラップから乗り込んでくる人々の波を、船内へと誘導しているだけだった。
船は、人を乗せるためだけに、この、孤立した島国へ、やってくる。
生命線である日本の物流が、静かに、その終わりを告げ始めていた。
だが、この時点ではまだ、ほとんどの日本人は、これから自分たちの身に何が起ころうとしているのか、本当の意味では理解していなかった。
社会は、崩壊の瀬戸際で、まだかろうじて『日常』という名の薄氷の上に、立っているに過ぎなかった。
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