第五十四章:新世界の法
『国家再生評議会』の名の下に、旧政府の罪状が暴かれる。世界中が非難の声を上げる中、崇史たちの静かなる革命は、もう後戻りできない段階へと進んだ。
2033年4月1日、金曜日。正午。
「――審判である」
Ω(オメガ)のその言葉を最後に、彼の姿が、スクリーンから、ふっと消えた。
だが、放送は終わらない。
カメラの視点が、スタジオ全体を映し出す。そこには、武装した自衛隊員に囲まれ、青ざめた顔でニュースデスクに座る、見慣れた女性アナウンサーの姿があった。
NHTの看板アナウンサー、新島だった。
彼女が口を開く前に、スタジオの横から、後ろ手に縛られた十数人の男たちが、兵士たちによって、引きずり出されてきた。
昨日まで、この国を動かしていたはずの、総理大臣、そして、主要閣僚たち。その中には、S国からの帰化人議員の顔も、複数見える。
彼らは、為す術もなく、兵士たちに、新島の机の前に、一列に跪かされた。
その、誰もが見知った顔ぶれが晒す、あまりにも無様な姿に、日本中が息をのんだ。
新島は、震える手で、目の前に置かれた一枚の原稿を、ゆっくりと持ち上げる。そして、プロとしての矜持か、あるいは、恐怖を押し殺すための最後の抵抗か、一度、すっと息を吸い込むと、カメラを、真っ直ぐに見据えた。
「…私は、NHTのアナウンサー、新島です」
その声は、震えながらも、凛としていた。
「これより、Ωからの布告を、読み上げます」
「日本国民、及び、日本在住の帰化人を含む、全ての外国人に告ぐ」
「第一条、自衛隊は、本日この時間をもって、我が指揮下に入る。全ての指揮系統は、私、オメガが掌握した。いかなる抵抗も、国家への反逆と見なし、即刻、排除する」
「第二条、諸君は、明日からも、今まで通りの生活を続けよ。企業は、活動を停止してはならない。物価の不当な吊り上げ、買い占め、その他、社会の混乱を助長する行為は、一切、これを許さない」
「第三条、日本にいる外国人による、あらゆる不法行為、あるいは、それに準ずる事象を発見した者は、最寄りの警察、または役所に通報せよ。私が、直接、裁きを下す」
「第四条、全ての警察、及び、行政機関に告ぐ。お前たちが持つ公権力は、国民から与えられた『権利』ではない。国民に奉仕するための『義務』であると、再認識せよ。警察は、国民の生命と財産を守るという、本来の職務を全うせよ。行政は、日本人を第一とする、公正な社会運営に務めよ。その義務を忘れ、私利私欲のために権力を使い、賄賂や利権に溺れる者。あるいは、国民をないがしろにする者は、私が直接、裁きを下す。組織や地位の上下は、一切関係ない。覚悟せよ」
「第五条、これより、いまだ日本に居残る外国人勢力の排除を行う。その排除方法は、手段を選ばない。抵抗なき者の命は保証するが、抵抗する者の命は、それを保証しない」
「第六条、これを聞いた全ての外国人は、自主的に、速やかに、国外退去の意志を示し、後日、指示する方法で、国外へ退去せよ」
「第七条、第一から第六の全文に関しての詳細は、後日、日本国に在住する、全ての日本人、及び、外国人に対し、正式に通達する」
「最後に、これは、我々による革命である。我が意に反する、いかなる暴動、破壊活動も、許さない。違反者は、誰であろうと、例外なく、排除する」
「…以上」
新島がそう言うと、一瞬の間があった。彼女は、新しい原稿に目を落とす。
「続きまして、今から、国家反逆罪の容疑で拘束した、旧日本政府の元閣僚、及び、官僚の罪状を、読み上げます」
彼女は、目の前でうなだれる男たちを、一度だけ、冷ややかに見つめた。
「元内閣総理大臣、――。罪状、S国への国家機密漏洩、及び、外患誘致罪」
「元外務大臣、――。罪状、収賄、及び、国家反逆幇助」
新島は、次々と、そこにいる一人一人の名前と、その罪を、淡々と、しかし、明確に、読み上げていった。
そして、最後に、彼女は、こう締めくくった。
「よって、我々『国家再生評議会』は、腐敗した売国政権から日本を解放し、真の独立を取り戻すために、立ち上がったものである。これらの証拠は、後に、現国連に全てを提出し、我々の正当性を示すものとする」
「以上」
新島が、最後の言葉を言い終えた瞬間、日本中の全てのスクリーンが、一斉に、闇に落ちた。
数秒の沈黙の後、通常の放送が、何事もなかったかのように再開される。
だが、もう、元の世界に戻ることは、できなかった。
同時刻。官邸地下、危機管理センター。
巨大なスクリーンに、海外のニュース専門チャンネルの映像が、無数に映し出されていた。どのチャンネルも、トップで、日本の異常事態を報じている。
『速報:日本でクーデター発生か』
『謎の仮面グループが政府を掌握』
「…一条さん、始まりましたね」
香が、冷静な声で言った。一条は、腕を組んだまま、静かに頷く。
その時、一つのチャンネルの画面が切り替わり、ホワイトハウスの記者会見の様子が映し出された。
『――これは、民主主義に対する許されざる挑戦であり、全世界に対するクーデターだ』
アメリカ大統領の、厳しい声明。それを皮切りに、EU、イギリス、と、各国首脳の非難声明が、次々と速報で流れていく。
「…まあ、そうなるだろうな」
一条が、こともなげに呟いた。
Ωは、その様子を、ただ、無言で、仮面の下から見つめていた。
「崇史、聞いているの?世界中を敵に回したのよ、私達は」
香の言葉に、Ωは、ゆっくりと振り返った。
「ああ。だが、今はまだ、外の雑音に構っている暇はない。まずは、この国の中を、完全に掃除する」
その声は、どこまでも、静かだった。
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