第五十三章:審判の日
「この世界は、地獄だと思わないか」――日本中が固唾をのむ中、『Ω』と名乗る男の、審判の言葉がスクリーンに響き渡る。
2033年4月1日、金曜日。正午。
その日、日本最大の放送局、NHTのニューススタジオは、静かな狂気に支配されていた。
スタジオの隅には、自動小銃を構えた一条配下の自衛隊員たちが、冷徹な目で放送スタッフたちを「護衛」している。見慣れたキャスターやディレクターたちは、恐怖と混乱で、青ざめた顔のまま、目の前の光景を、ただ見つめることしかできなかった。
日本中のスクリーンが、一斉にそのスタジオの映像に切り替わった。
リビングで、ワイドショーを見ていた主婦が、驚いてリモコンを落とす。オフィスで株価をチェックしていたサラリーマンが、呆然とモニターを見上げる。渋谷のスクランブル交差点では、全ての巨大ビジョンが、同じ映像を映し出し、街ゆく人々が何事かと足を止めた。
他の放送局の調整室は、パニックに陥っていた。「回線を切れ!」「ダメです、マスターごと乗っ取られてる!」
全てのスクリーンに映し出されていたのは、見慣れたニューススタジオの中央に、ただ一人、立つ、異様な男の姿だった。
フードを目深にかぶり、その顔には、悪魔の半面。
画面は、時折、分割され、隅には、怯えるスタッフたちの姿や、銃を構える兵士たちの姿も、意図的に映し出されている。これが、ただの放送事故ではないことを、雄弁に物語っていた。
しばらくの沈黙の後、仮面の男が、唐突に口を開いた。
その声は、機械的に加工され、感情を排した、冷たい響きを持っていた。
「――この世界は」
その、たった一言。力強く、全てのノイズを貫く、その声。
それまで「またテロ予告か」「何のパフォーマンスだ」と、面白半分に見ていた若者たちが、一斉に、スクリーンに視線を向けた。
「この世界は、地獄だと思わないか」
Ω(オメガ)と名乗る男は、静かに、しかし、日本中の人々の心に、直接語りかけるように、続けた。
「日常のいたるところにあふれる不条理。生まれながらに、この世界のありとあらゆる不条理を被りながら生きている者。その一方で、他人を貶め、自己の利益を追い続け、ありとあらゆる犯罪と手段を使い、この世界の偽りの快楽を享受し続ける者。弱き者はどこまでも搾取され、強き者の快楽の栄養となる。弱き者はその中で、清く正しく生きようとする。しかし、その弱き者も、立場が変われば、強き者へと変わり、弱き者を搾取する側に回る。そう、まるで、自分が弱き者だったことなど、無かったかのように。無限に繰り返される、この不条理。だが、その両者にも、必ず、死は訪れる。後悔の念を抱きながら死ぬ者。満足感の中、死んでいく者。この地獄を享受した者はこう思うだろう。『なんて幸せな人生だったのだろう』と。そして、虐げられている者はこう思う。『死ねば、この地獄から抜け出せる。次は、いい人生であれ』と」
「――しかし、それは大きな間違いである!」
Ωの声のトーンが、わずかに強くなる。
「あえて言おう。この世界の地獄は、決して終わることのない、無限地獄であると!」
その言葉に、日本中が、様々な反応を見せた。
「何を言ってるんだ、こいつは…」と鼻で笑う者。
「…その通りだ…」と、達観したように、深く頷く老人。
「そうだ!そうだ!」と、拳を突き上げ、熱狂的に支持する若者。
静かに、涙を流す者。
そして、もう飽きたとばかりに、スマートフォンのゲームに視線を戻す者。
Ωは、続ける。
「かつて、太古の昔、この国の民族は、精神的な繋がりを重んじ、自然と調和しながら、素晴らしい楽園を築き上げていた時代があった。しかし、その時代も、終わりを告げる。力で全てを支配しようとする、外部からの、多民族の侵略によって。
今!この日本は、そんな地獄の、真っただ中にいる!このままこの状態が続けば、日本は、今以上の地獄を見ることになる!」
彼の言葉の熱量が、上がっていく。
「私が誰なのか、だと?私が何者なのかと?良いだろう。答えを与えよう」
Ωは、そこで、一度、言葉を切った。
日本中の、一億人が、固唾をのんで、その次の言葉を待っていた。
「我が名はΩ(オメガ)。世界の『終わり』を告げに来た、始まりの者だ」
「これより、まずは日本の『大掃除』から取り掛かる」
「この国に寄生する、全ての害虫は、今すぐ、この国から去れ」
「これは、警告ではない」
「――審判である」
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