第四十七章:半面の男
横浜、本牧ふ頭。S国のエリート兵士たちが対峙するのは、人ではなく、死神の吐息を纏う『亡霊』だった。
2032年11月15日、月曜日。深夜。
横浜、本牧ふ頭。
海から吹き付ける、潮の香りを纏った冷たい風が、コンテナの間を吹き抜けていく。
倉庫の一つを、数人の男たちが、神経質に警備していた。彼らは、S国から派遣された、エリートのはずだった。だがその顔には、一様に得体の知れない何かに対する、怯えの色が浮かんでいた。
彼らが恐れているのは、ここ数ヶ月、日本の裏社会を震撼させている、正体不明の襲撃者の噂だった。
S国の拠点を――それも、武装した兵士が守る重要拠点だけを狙い澄まし、まるで亡霊のように、忽然と現れては、一夜にして壊滅させていく。誰も、その顔を見た者はいない。ただ、現場には、無力化された兵士たちと、一枚のメモだけが残されているという。
『日本から出ていけ。次は、ない』
その襲撃者は、いつしか、こう呼ばれるようになっていた。
悪魔の半面をつけた男――**『ハーフフェイス』**と。
「おい、異常はないか!」
リーダー格の男が、部下たちに緊張した声で呼びかける。
「ありません!…しかし、不気味なくらい、静かです…」
部下がそう答えた、その瞬間だった。
ヒュッ、と、空気を切り裂く、死神の吐息のような小さな音。次の瞬間、見張りに立っていた男の一人が、声もなく、その場に崩れ落ちた。首筋には、一本のサバイバルナイフが、深々と突き刺さっている。
「なっ!?敵襲!敵襲だ!」
リーダーが叫ぶ。男たちが、一斉にアサルトライフルを構え、周囲を警戒する。
だが、敵の姿は、どこにも見えない。
「どこだ!どこにいる!?」
パニックに陥った男の一人が、闇に向かって、やみくもに引き金を引いた。甲高い銃声が、コンテナ群に反響する。
その、銃声のすぐ後だった。
「――そこか」
銃声の反響音に紛れて、すぐ背後から、聞こえるはずのない、落ち着き払った機械音声が響く。それは、彼の能力によって完璧な速度に調整された、新たな『武器』――破壊者の声だった。
男が、悲鳴を上げて振り返る。だが、彼が最後に見たのは、闇の中で、鈍い銀色の光を放つ、悪魔の半面だけだった。
崇史は、コンテナの影から影へと音もなく渡り、兵士たちを、的確に、そして、無慈-悲に無力化していく。彼の新しい装備――カーボンナノ素材のパーカーとカーゴパンツは、一切の足音を立てず、タクティカルブーツは、濡れたコンクリートの上を、滑るように移動する。
鋼鉄の拳が急所を砕き、サバイバルナイフが動脈を切り裂いていく。
**『クロノスタシス』**が、彼を、完全な捕食者へと変えていた。
あっという間に、残るは、リーダー格の男、一人だけになった。
男は、恐怖に顔を引きつらせながら、後ずさる。
「ひっ…お、お前、一体、何者なんだ…!」
崇史は、ゆっくりと、暗闇の中から、その姿を現した。フードを目深にかぶり、その顔には、悪魔の半面。
そして、そのマスクの下から、あの、冷たい、機械的な声が響いた。
「お前が、最後だ」
その声を聞いた瞬間、男の目から、完全に、光が消えた。




