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第四十五章:計算外の駒

裏切りか、それとも罠か。香の真意を測りかねる中、崇史は、自らに残された『人間性』こそが、最大の計算外であったことを知る。

 2032年8月8日、日曜日。夜21時55分。

崇史は、新木場の倉庫街を、一人歩いていた。土砂降りの雨が、アスファルトを激しく叩いている。彼の着るカーボンナノ素材のパーカーが、その雨を綺麗に弾いていた。

約束の時間まで、あと5分。

200mほど先に、目的の倉庫が見える。車も人通りも、ほとんどない。

その時、崇史の首筋に、悪寒のような感覚が走った。微かに、『クロノスタシス』が発動し始めている。

(おかしい…)

あたりを見渡すが、敵の気配はない。だとしたら、この反応の原因は――。

(まさか!倉庫か!)

崇史の思考が、最悪の可能性に行き当たる。

(香に何かあったのか!?)

彼は、雨の中、倉庫に向かって走り出した。近づくにつれて、『クロノスタシス』のレベルが、はっきりと上がっていくのを肌で感じる。

間違いない!

崇史は、倉庫の入り口の取っ手に手をかけ、引いた。鍵が開いている!

その事実に、彼の脳裏に、守れなかった、あの日の家族の姿がフラッシュバックした。

「香ッ!!」

崇史は、彼女の名前を叫びながら、勢いよく扉をあけ、中に飛び込んだ。

「大丈夫か!」

中に入ると、正面の奥に、香が立っていた。そして、その前に、三人の男。

崇史は、一瞬、訳が分からず立ち止まる。

(どうなってる…?)

香が、崇史の姿を認めると、小さくつぶやいた。

「崇史…」

その声は、ひどく複雑な色を帯びていた。

次の瞬間、三人の男のうち、一番香に近い男が、彼女に、そして崇史に、一度だけ視線を送った。香が、ほんのわずかに、頷いたように見えた。

その、小さな動きが、合図だった。

リーダー格の男が、残りの二人に、何かを叫ぶ。

瞬間、『クロノスタシス』が強く反応した。二人の男たちが、崇史に向かって、アサルトライフルを一斉に掃射する。


時間が、粘土のように引き伸ばされる。

崇史は、自分に向かってくる、オレンジ色に輝く無数の光の筋を、冷静に見ていた。

(何が起こっている…?香の、あの頷きは…?)

思考が、混乱する。だが、今は、目の前の脅威を排除するのが先だ。

彼は、雨のように降り注ぐ弾丸を、注意深く、そして、完璧に見切りながら、男たちへと向かっていく。弾丸が、全て崇史の後ろの壁に突き刺さった頃、おそらく、マガジンが空になったのだろう。『クロノスタシス』が、少しだけ緩やかになった。

弾が一発も当たらない崇史の姿を見て、男たちの顔に、初めて、人間的な動揺が浮かぶ。

「どうした?お前たちはなんだ?香?どういう…」

崇史がそう言い終わらないうちに、男たちが、服のポケットから黒い塊を取り出し、ピンを抜いた。

手榴弾だ。

三つの手榴弾が、一斉に崇史に向かって投げられる。

『クロノスタシス』が、再び、最大レベルまで引き上げられた。

(まずい…!俺がこれを避ければ、爆風が奥にいる香に届く!)

凍てついた時間の中、崇史は振り返るように体を反転させると、自分に向かって飛んでくる三つの手榴弾の、その進行方向の後ろから、正確に拳を叩き込んだ。狙うは、俺が通ってきた入口の方角。香から、最も遠い場所。

物理法則を無視した崇史の拳が、三つの手榴弾の軌道をありえない角度で捻じ曲げる。それらは、崇史の背後、つまり倉庫の入口側の壁際へと、吸い込まれるように飛んでいった。

そして、爆発。轟音と衝撃が、倉庫を揺るがす。

(弾丸はエネルギーが強すぎるため、人間の力では弾道は変えられない。触っただけで火傷を負うし、その回転に皮膚が巻き込まれる。でも、人の手で投げられた手榴弾なら、軌道を変えることは可能だ。…この一瞬のために、トレーニングを積んできたんだ…!)

またしても無傷で目の前に現れた崇史の姿を、男たちはおびえた目で見始めた。

爆風で体勢を崩したリーダー格の男が、体勢を立て直しながら、ハンドガンを抜いた。そして、崇史に向かって、引き金を引く!

崇史は、その弾丸をひらりとかわすと、衝撃で怯んでいた、他の二人の男の急所を、的確に殴りつけ、完全に意識を奪った。

『クロノスタシス』が、緩やかに戻る。

リーダーの男が放った弾丸は、運悪く、崇史が殴り飛ばした仲間の一人の肩を撃ち抜いていた。後ろで、男のうめき声が聞こえた。

崇史は一度、倒れた男たちに視線を送ると、ゆっくりと、リーダーの男に向き直る。

「どういうことか、説明してもらおうか」

そう言いながら、香を見る。彼女は、ただ、じっと崇史を見ていた。その瞳からは、まだ意図は読み取れない。

その時、リーダーの男が、香に向かって声を荒げた。

「騙したな、ヤマシタ!!こいつが、こんな化け物だなんて聞いてないぞ!!」

(聞いてない?どういうことだ)

「おい、香!説明…」

崇史がそう言いかけた時、リーダーの男が、香の首に腕を回し、そのこめかみに、銃口を突きつけた。

「動くなッ!!動くんじゃねえ!!」

男は、香を盾にしながら、じりじりと後ずさる。

香の顔に、初めて、焦りの色が浮かんだ。(私の、誤算…!)

崇史は、動きを止めた。

そして同時に、彼は、自らの能力の、致命的な欠陥に気がついた。

『クロノスタシス』は、発動している。だが、そのレベルは、最大には程遠い。

(そうか…そういうことか…)

この能力は、**あくまで『俺』という個体を守るためだけのシステム。**俺自身に向けられた「危険」にしか、最大レベルでは反応しないのだ。

(どうして、今まで、それに気が付かなかったんだ…!)

これは、崇史にとっても、大きな誤算だった。

いや、本当の誤算は、能力に対してではない。目の前の、たった一人の女性を救いたいと願ってしまった、崇史の中にまだ残っていた、非合理な『情』…そのものだった。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

今回の話はいかがでしたでしょうか?

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