第四十三章:悪魔の半面
それは、単なる仮面ではない。『クロノスタシス』発動下での会話を可能にする、崇史の新たな武器だった。
2032年8月8日、日曜日。午前11時ごろ。
アメ横の裏路地を出た崇史は、手に入れたばかりのタクティカルグローブを、ポケットの中で、固く握りしめていた。
(今のマスクと帽子だけでは、時間の問題で、監視カメラやAIの解析に引っかかるだろう…)
彼の脳裏に、警察やS国の追跡者の目がよぎる。破壊者として、社会の闇に紛れるには、もっと決定的な「顔」が必要だった。
(…仮面が、いるな)
ただの変装じゃない。彼の決意を、彼の存在を象徴する、もう一つの顔が。
崇史は、近くのカフェに入ると、リュックサックから**『AURA』**を取り出した。そして、ネットの海の中から、特殊な仮面を制作している工房を探す。大量生産の安物ではなく、職人が一つ一つ手作りしているような、クオリティの高い店がいい。
上野近辺で検索をかけると、御徒町に、小さなアトリエを構える仮面職人がいるのを見つけた。崇史は、すぐに席を立った。
御徒町の、雑多な商店街の一角。小さな看板を掲げた、そのアトリエはあった。
店内に足を踏み入れると、様々な素材の匂いと、壁一面に飾られた、個性的な仮面たちが、彼を出迎えた。動物、神話の登場人物、そして、抽象的なデザインのものまで。
その中で、崇史は、ショーケースの中に飾られた、一つのハーフマスクに、目を奪われた。
それは、悪魔の般若をモチーフにしたものだった。冷たい金属のような質感で、鈍い銀色の光沢を放っている。鋭い牙が剥き出しになった表情は、見る者に強烈な畏怖を抱かせる。
崇史が、そのマスクを食い入るように見つめていると、奥から、物静かな雰囲気の職人らしき男が出てきた。
「何か、気になるものでも?」
「これだ」
崇史は、ショーケースを指さした。
職人は、静かに頷き、そのハーフマスクを取り出した。
「これは、うちのオリジナルデザインでね。舞台衣装の依頼があって作ったものだが、少しイメージが違ったようで…」
崇史が手に取ると、内側に、小さな端子と、スピーカーのようなものが埋め込まれていることに気づいた。
「これは?」
「ああ、それはマイクと小型スピーカーを内蔵できるようにしてあるんです。最近の舞台では、音声ギミックも凝っていますから」
その瞬間、崇史の頭の中で、アイデアが閃いた。
(…これを利用できる)
このマスクに、自作の音声速度変換器を繋げれば、『クロノスタシス』発動中の、あの厄介な声のズレを解消できる。自分の声の速度をクロノスタシス対象の音の速度にリアルタイムで調整してくれる。
「もらう。いくらだ?」
崇史は、逸る気持ちを抑えながら、そう言った。
仮面を手に入れた崇史は、すぐに次の行動を開始した。秋葉原へ向かい、超小型の音声速度変換器を自作するための部品を買い揃える。
(…俺なら作れる)
崇史は、これから手に入れる自分の新しい顔と、新しい声を想像し、その口の端を、ほんの少しだけ吊り上げた。
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