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第四十一章:鋼鉄の散歩道

追っ手を撒くために選んだ手段。それは崇史にとって皮肉なものでもあった。


 2032年8月7日、土曜日。午前7時。

アスファルトを焼く、夏の朝日の眩しさで、崇史は目を覚ました。公園のベンチで眠ったせいで、体の節々が痛む。

『クロノスタシス』の気配は、まだ公園の周囲を漂っていた。だが、昨夜よりも、その数は減っているように感じられた。

(…夜通しの張り込みで、交代でもしたか。ご苦労なことだ)

崇史は、ゆっくりと体を起こすと、凝り固まった首を回した。

(さて、と…)

彼は、日の光が差し始めた、西新宿の高層ビル群を見上げる。その摩天楼の間を、まるで巨大な蛇のように、灰色の道がうねっていた。

首都高速道路4号新宿線。

(…行くか)

崇史は、人通りの少ない路地を選びながら、新宿インターチェンジの入り口へと向かった。轟音を立てて、次々と車が吸い込まれていく、コンクリートの巨大な口。

彼は、料金所の脇にある、作業員用の小さな通路から、音もなく高速道路へと侵入した。

路肩の狭いスペースを、壁に体をこすりつけるようにして歩く。すぐ横を、猛スピードで走り抜けていく乗用車やトラック。その風圧だけで、体がよろめきそうになる。

(…まだだ。まだ、足りない)

崇史が求めているのは、秩序だった車の流れではない。予測不可能な、混沌の奔流だ。

彼は、歩き続けた。新宿から、三宅坂ジャンクションへ。皇居の緑を眼下に見下ろしながら、彼は、まるで空中を散歩しているかのような、奇妙な感覚に陥っていた。

やがて、彼の目の前に、無数の道が複雑に絡み合う、巨大な結び目が見えてきた。

箱崎ジャンクション。首都高の中でも、特に事故が多いことで有名な、魔の合流地点だ。

(…ここなら、いいだろう)

崇史は、おもむろに、路肩から車道へと、一歩踏み出した。


その瞬間、『クロノスタシス』が、最大レベルで発動した。

世界が、完全に凍てついた。

時速100キロで迫っていたはずのトラックは、彼の目の前で、巨大な鉄の壁となって静止している。クラクションを鳴らそうとしていたであろう、運転手の歪んだ顔も、ぴくりとも動かない。

崇史は、その静止した世界の中を、まるで、がらんとした駐車場を歩くように、悠然と歩き始めた。

(追手は、ヘリコプターで上空から監視しているはずだ。だが、今の彼らに、俺の姿は見えていない。彼ら自身も、この静止した時間の中に囚われているのだから)

(俺という『観測者』が、危険な事象(車の正面)を認識し続ける限り、この世界の時間は凍てつく。そして、俺が安全な場所(車の隙間)に移動した瞬間、時間はほんの僅かに動き、また次の危険を認識した瞬間に、凍てつく)

(その、時間の凍結と融解の、高速の繰り返し。それを、外の世界から観測したなら――俺は、まるで瞬間移動を繰り返しながら、高速で走り去っていくように見えるはずだ)


崇史は、もう自分を追う者がいないことを確信すると、一度だけ空を見上げた。

そして、空の上から自分を見ているであろう、無力な『観測者』たちに向かって、静かに笑った。彼は、誰にも邪魔されることのない、自分だけの鋼鉄の道を、朝日の中、ただ静かに歩き続けた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

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