第三十一章:日本人の証明
監視カメラの向こうで見ているであろう『仲間』。その存在を盾にした男だったが、崇史の温度のない問いに、ついに銃を手にする。
2032年8月6日、金曜日。20時20分ごろ。
巨体が床に倒れると、崇史を包んでいた濃密な時間遅延が、ふっと軽くなる。
その異常な光景に、黒服の男とホステスの女が、揃って息をのんだ。
次の瞬間、女の喉から、金切り声が迸った。椅子を蹴倒すのも構わず、もつれる足で、なりふり構わず店の外へと転がり出ていく。
だが、黒服の男は逃げなかった。まだ何か切り札があるのか、それとも、彼の立場が逃げることを許さないのか。
崇史は、残された黒服に、ゆっくりと歩み寄った。
「おい、待て!」
黒服は、崇史の動きを制するように、手を前に突き出す。
「お前、何だ!今、何をした!?」
その声は明らかに震えていた。状況が、まるで理解できていないようだった。
崇史は、彼の問いには答えず、床に転がる大男に視線を送りながら尋ねた。
「こいつは?日本人じゃないな?」
「そんなこと、どうでもいい!お前、自分が何をしたか分かってるのか!?」
黒服は、顔を引きつらせながら叫んだ。
「さあ、何をしたんだろうな」
崇史は、感情のない声でそう言うと、さらに黒服との距離を詰める。
「お前は、日本人か?」
崇史の、温度のない問い。それに、黒服の男は答えない。ただ、その額に、じわりと脂汗が浮かんだ。崇史から目を離さず、警戒しながら、カウンターの方へ後ずさっていく。
(…なるほど)
崇史は、再び自分の周りの時間が、わずかに、しかし確実に遅延し始めたのを感じた。
(そこに、銃か何かがあるんだろ)
黒服が、ようやく口を開いた。声には、必死の虚勢が混じっている。
「ここは全部、監視カメラで仲間が観てるんだよ!お前はもう、ここから逃げられないぞ!」
そう言うと、男はカウンターの下に素早く手を入れ、黒光りする拳銃を取り出した。銃口が、まっすぐに崇史に向けられる。
(やっぱりか)
崇史はそう思いながら、嘲るように言った。
「監視カメラで仲間が観てる、だと?じゃあ、ちょうどよかった。…それで?お前は、日本人なのか?」
その問いに、男の顔が怒りと、そして侮辱されたかのような屈辱に歪んだ。
「俺はッ…日本人だッ!!」
その絶叫と共に、男は引き金を引いた。
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