第二十七章:契約成立
「三日後にまた来て」――香は、崇史の無茶な要求を受け入れた。それは、互いの利害が一致した、束の間の共犯関係の始まりだった。
2032年8月5日、木曜日。午後15時過ぎ。
崇史は、目の前で恐怖に震える彼女の姿から、すっと視線を外した。
「俺を殺してくれ」 その言葉の真意を、彼女はまだ測りかねているようだった。崇史は、そんな香をじっと見つめる。押し黙ったまま、崇史を警戒するように見つめ返す香。静寂が、二人の間に重くのしかかる。 やがて、崇史が口を開いた。
「できないか? 俺が『死亡』している方が、これからも香にとっても都合がいいだろ? 俺の情報を隠蔽する必要もなくなるし、香自身が組織から標的にされる可能性も、ずっと低くなるんじゃないか?」
「ちょっと…!『これからも』って、身分偽造がそんなに簡単にできると思ってるの!?」
「出来るんだろ?」 崇史は、口の端を上げて、ニヤリと笑った。
その自信に満ちた表情を見て、香は、はぁー、と深いため息をつくと、呆れたように両腕を軽く上げた。 「…ええ、わかったわ。何とかしてみる。ただし!」
彼女の声に、鋭さが戻る。
「いいわ。ただし、条件がある。これが終われば、貸し借りなし。私はあなたに協力したのではなく、あなたは私に何も要求しない。この契約は、今回一度きりよ」
崇史は少し黙って、彼女の目を真っ直гуに見つめ返すと、静かに答えた。
「わかった」
契約は、成立した。
「でも、少し時間をちょうだい」
香が、テーブルに手をつきながら言った。
「あなたが思ってるほど、この仕事は簡単じゃないの」
「わかった。どうすればいい?」
「三日。それだけ時間をちょうだい。三日後のこの時間、またここに来て」
「わかった」 話がまとまると、崇史はソファから立ち上がり、そのまま倉庫の出口へと向かった。
香は、彼を呼び止めるでもなく、ただソファに座ったまま、じっと何かを考えているようだった。
崇史が倉庫から出ようと、重い鉄の扉に手をかける。
その時、彼はふと足を止め、香の方を振り返った。
「崇史でいいよ」
その言葉に、うつむいていた香が、わずかに顔を上げた気がした。
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