第二十六章:社会的な死
不死身の男が求める、唯一の『死』。崇史は、闇に潜む破壊者となるため、自らの存在をこの世界から抹消するよう香に依頼する。
2032年8月5日、木曜日。午後15時過ぎ。
静かな倉庫に、崇史の低い声が響いた。
香は、一瞬何を言われたのか分からないという顔で、驚きに目を見開いた。
「…何を、言ってるの?本気?」
「ああ、本気だ」
崇史は、感情の読めない目で彼女を真っ直ぐに見つめる。香は、そのあまりに突飛な言葉に、戸惑いを隠せない。
「あなた、自分が何を頼んでいるのか分かってる?私があなたを殺せるわけな…」
「いや、あんたには俺を殺せない。それは、もう分かってる」
崇史は、彼女の言葉を遮った。
「は…?」
「俺は、自分で死のうとした。何度もな。だが、死ねなかった。この能力は、俺の命が尽きることを許さないらしい。他人の手ならどうなるかとも思ったが、あんたがあの時、アジトでチンピラに銃を撃たせた時、俺の死が確定した瞬間に、時間は完全に止まったんだ。…つまり、誰にも俺は殺せない」
崇史は、自分の身に起きた異常な現象を、まるで他人事のように淡々と説明する。
その言葉に、香は息をのんだ。目の前の男が、ただ者ではないことは分かっていた。だが、その告白は、彼女の理解を遥かに超えていた。
「…なら、どうしてそんなことを頼むの」
「俺がこれからやろうとしていることは、この腐った『秩序』から見れば、ただの破壊…『悪』なんだろう。たとえ、俺にとって、それが唯一残された『正義』だったとしてもな。そうなれば、俺は社会から追われることになる」
崇史は、そこで一度言葉を切った。
「だから、俺を『殺してくれ』。法的に、社会的に、だ。戸籍上、この世界から『久我崇史』という人間を完全に消し去ってほしい。そして、別人としての架空の身分を用意してくれ。あんたなら、あんたの組織の力を使えば、それが出来るはずだ」
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