第二十三章:破壊者
『起爆剤』として目覚めた崇史。だが、彼が最初に直面したのは、善意が仇となる、救いようのない世界の現実だった。
2032年8月2日、月曜日。18時10分ごろ。
「お客様?!大丈夫ですか!」
駅員らしき男性に肩を揺さぶられ、崇史ははっと我に返った。目の前には、心配そうにこちらを覗き込む駅員の顔があった。ホームの喧騒が、現実へと意識を引き戻す。
「…大丈夫です。少し、立ちくらみが…」
そう言って立ち上がると、崇史はふらつく足で駅員に一礼し、人の波に紛れるように歩き出した。
(あれは、夢ではなかった)
管理者との対話、世界の真実。全てを、今、彼は明確に記憶していた。自分たちが、神々の掌の上で踊らされている、ただのデータに過ぎないという事実を。
(起爆剤…?好きに、かき乱せ、だと…?)
崇史の胸の奥で、冷たい怒りが燃え上がった。
(俺に、一体どうしろと言うんだ!家族を殺した犯人ですら、まだ見つけられていない。この能力に目覚めてから、結局、何一つ変えることなどできていないじゃないか。俺に、何ができるっていうんだ…!)
答えのない問いを胸に、崇史はとにかく外の空気が吸いたかった。改札を出て、地上への階段を上る。目に飛び込んできたのは、無数のネオンが煌めく、見慣れた光景だった。
(また、歌舞伎町か…)
まるで、この街に引き寄せられているかのようだ。自分に何ができるのか。自問自答を繰り返しながら、当てもなく雑踏の中をさまよう。
その時、人波の向こうに、どこかで見覚えのある顔を見つけた。
歌舞伎町から大久保へと抜ける、薄暗い路地。そこは今や、体を売ることでしか生きられない女性たちで溢れ返っている。その中に、彼女はいた。以前、自分が暴漢から助けたはずの、あの女性だった。
崇史は、深く考えることもなく、彼女に歩み寄っていた。
「あの…」
声をかけると、彼女は怪訝そうに顔を上げた。崇史の顔を見ても、すぐには思い出せないようだった。
「この間の…。暴漢に襲われていた時に…」
そう言いかけた時、彼女の目がはっと見開かれた。
「あなた…!」
彼女の表情が、怒りと悲しみが混じったものに変わる。崇史の期待とは、全く違う反応だった。恩に着せてほしいわけではなかったが、せめて、お礼の一言くらいはあるかと思っていた。しかし、彼女の口から飛び出したのは、鋭い棘のような言葉だった。
「あの時、どうしてあんなことをしたのよ!!」
「え…?」
「あんたが、あの人たちを殴り飛ばしたせいで!もうどこも私に金なんて貸してくれなくなったじゃない!どうしてくれるのよ!」
崇史は、彼女が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
(どういうことだ…?)
あの時の男たちは、彼女を無理やり風俗で働かせようと、詰め寄っていたのではなかったのか。
(違う…。あの男たちは、彼女に金を貸していた…。ただの、取り立てだったのか…)
崇史の信じた『正義』は、この歪んだ世界では、ただの余計なお世話でしかなかったのだ。
「あなたのせいで…!あなたのせいで、私はこんなところでしか働けなくなったのよ!」
彼女は、憎悪に満ちた目で崇史を睨みつける。
「もう、あんたの顔なんて見たくない!」
そう言い残し、彼女は踵を返し、雑踏の中へと消えていった。
残された崇史は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。状況が、頭が、理解を拒んでいた。
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