第十八章:狂った世界
「本当の犯人は個人じゃない」――絶望的な言葉が、崇史の復讐の矛先を、この狂った世界そのものへと定めさせた。
2032年7月30日、金曜日。22時過ぎ。
「次の日のコンペで、あなたのシステムが採用されると困る人間がいる。だから、何としてもあなたをコンペに参加させるわけにはいかなかった」
「理解できない!なぜだ!防衛省からの正式な依頼だったんだぞ!日本の未来を守るための、これ以上ない完璧なシステムだったはずだ!それがなぜ、採用されてはいけなかった!」
崇史の叫びに、山下は初めて、憐れむような、それでいて諦めきったような目を向けた。
「今までの防衛システムには、意図的に埋め込まれた『バックドア』があった。一部の人間は、その脆弱性を突いて、容易に内部情報を抜き出すことができたの。そして、その情報は主にS国に流されていた」
「なんだと…?」
「これは防衛省に限った話じゃない。今の日本のありとあらゆる重要情報は、全部、国外に筒抜けだと思ってもらっていい」
淡々と語られる、信じがたい国家の裏切り。崇史は言葉を失った。
「それを重く見た防衛省の人間が、ようやく鉄壁のシステムを導入しようとした。それが今回のコンペ。でも、そのコンペの情報も、当然のように筒抜けだった。表向きは公正なプレゼンを行い、裏では、政府の息のかかった企業…つまり、既存の欠陥システムを作っていた会社に、また受注させる出来レースのはずだったのよ」
「…出来レース…」崇史が、呆然と繰り返す。
「そう。でも、想定外のことが起きた。そのコンペに、あなたのような『本物』を作れる人間が現れるなんて、誰も思っていなかった。もしあなたのシステムがプレゼンで披露されれば、たとえ採用されなくても、その技術の存在が世に知られてしまう。それが、彼らにとっては一番まずかった」
「…結局、俺が邪魔だった、ただそれだけか…」
「実は、そう単純でもなかったの」
山下は続けた。
「あなたは知らないでしょうが、今回のコンペは、新たに防衛省のトップになった一条という人物が、腐った組織を浄化するために仕掛けたものでもあった。一条は、この国では数少ない、本気で日本を憂う**『本物の愛国者』よ。彼は、あなたの技術が公になれば、必ずそれを採用し、日本の情報網を立て直そうとしていたはず。だからこそ、敵はあなたを絶対にコンペの舞台に立たせるわけにはいかなかった。それが、今回の事件に繋がった本当の理由よ」
それを聞いた崇史**の怒りは、頂点に達した。
「そんなものは知ったことか!国がどうとか、一条がどうとか、俺たち家族には関係ない!そのせいで、死なずに済んだはずの家族が死んだんだぞ!挙句、何も変わらないだと?ふざけるな!ただの犬死じゃないか!」
体が、怒りでわなわなと震える。
「そうね。その通りだと思うわ」
山下は、静かに同意した。
「でも、それが今の日本なのよ」
「なんだと!それで諦めろとでも言うのか!ふざけるな!お前たちは何なんだ!自分が生き残るために、唯々諾々と国を売る手伝いをしておいて!」
崇史は、悔しさに涙が滲む。その時、初めて山下の表情がわずかに歪んだ。彼女はうつむいたまま、声を絞り出す。
「…私にだって、家族がいるの。私の行動一つで、いつでも『処理』される家族がね。だからと言って、今の自分を正当化するつもりはないわ…」
その声は、諦めとは違う、深い痛みを伴って響いた。
「これで分かったでしょう?あなたがどんな力を持っているのか知らない。でも、もう今の日本では、私たち日本人に、自由なんてどこにもないのよ」
「…犯人は、誰なんだ。そいつらの名前を教えろ」
崇史は、最後の望みを託すように山下に詰め寄った。
「**実行犯…?そんな末端の駒のことなど、**私にはわからない。それに、もし知っていたとしても、もうこの世のどこにもいないはずよ。とっくに『処理』されているでしょうね」
山下は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、もう何の感情も浮かんでいなかった。
「どうしても犯人が必要だというのなら、私たちは誰でも犯人に仕立て上げて、あなたに引き渡すことだってできる。でも、それに何の意味があるの?本当の犯人は、個人じゃない。あなたからすべてを奪ったのは、この狂った世界そのものなのよ」
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