第十四章:尋問再開
停止した時間、熱を帯びた弾丸。物理法則さえ支配する力で、崇史は特捜検事への尋問を開始する。
2032年7月30日、金曜日。22時過ぎ。
凍てついた世界で、安全だとわかった崇史は、少し試してみることにした。後ろを振り返り、弾道に誰もいないことを確認する。
(これなら…)
崇史は体を弾道から外れるよう、わずかに動かしてみた。すると、彼の視界の中で、止まっていたはずの弾丸が、ほんの僅かに動き出す。もう少し移動してみる。すると、弾丸の動きはさらに少し早くなった。
(なるほど、要領がわかってきたぞ)
崇史の口元が、わずかに緩む。
(好奇心か、あるいは、ただの科学的な探求心か。)彼は、ゆっくりと宙に浮かぶ弾丸に、そっと指先を近づけた。
触れた、瞬間。ジュッ、と肉が焼けるような音と共に、指先に激痛が走った。
「ぐっ…!」
思わず手を引っ込める。指先は赤く焼け爛れ、小さな水ぶくれができていた。
(…熱い、のか。そうか、運動エネルギーは、熱エネルギーに変換される…。この遅延した世界でも、物理法則は生きている)
(実験はこのくらいでいいだろう)
崇史は完全に弾道から体を外した。
弾丸はゆっくりとではあるが、崇史の体の横を後ろに進んでいく。崇史は弾丸が壁に当たるまで見届けた。カツン、と小さな音を立てて壁に食い込むのが、彼の耳にははっきりと聞こえた。
『脅威』が去ったことで、時間が少し早く動き出す。崇史は、弾丸を撃った男に走り寄り、その顎を的確に殴りつけた。男がゆっくりと倒れだす。
そして、時間遅延が急速にもとに戻り始めた。
崇史はヤマシタを振り返る。ヤマシタは、目の前で何が起こったのか、まるで理解できていないようだった。彼女の顔は、恐怖と混乱で真っ白に染まっている。
崇史の声は、先ほどよりも一段と冷たく、しかし明確に響いた。
「ヤマシタさん」
その声に、ヤマシタの体がビクリと震える。
「さっきも言ったはずだ。俺はあんたをどうこうする気はない。ただ、本当の事を聞きたいだけだ」
崇史はゆっくりと、ヤマシタに近づいていく。ヤマシタは床に尻もちをついたまま、後ずさりしようとするが、足がもつれてうまく動けない。その瞳は、崇史の異常な動きと、床に倒れ伏す男たち、そして壁に食い込んだ弾痕を交互に見て、完全にパニックに陥っていた。
「お、お前は……一体……」
ヤマシタの声は震え、言葉にならない。
「俺が何者かなんて、どうでもいい。それよりも、あんたが何者なのか、そして何を知っているのか、それが問題だ」
崇史はヤマシタの目の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。ヤマシタの瞳が、恐怖で大きく見開かれる。崇史の視界では、ヤマシタの顔の筋肉が微かに痙攣し、呼吸が浅くなっているのが見て取れた。
「あの強盗事件。俺の家族を殺した犯人。そして、お前たちが隠蔽しようとしている真実。全て話せ」
崇史の声は、感情を排したかのように静かだったが、その奥には、決して揺るがない鋼のような意志が宿っていた。ヤマシタは、その視線から逃れようと顔を背けるが、崇史は容赦なくその顔を掴み、自分の方へ向けさせた。
「話せば、命は助けてやる。だが、隠し事をすれば……どうなるか、よく考えてみろ」
崇史の言葉は、まるで氷のように冷たかった。ヤマシタの顔から、血の気が完全に失せていく。彼女は、崇史の目が、まるで自分の心の奥底まで見透かしているかのように感じた。
(とりあえず、この男たちが目を覚ますと面倒だな)
崇史は彼女の怯える姿を見てふと我に帰ると、彼女から視線を外し周りを見渡した。
「ヤマシタさん、まずはこの男たちを何とかしたい」
崇史はそう言いながら使えそうな物が無いか周りを見渡す。奥の机の上のガムテープを見つけた。崇史はガムテープを取ると、彼女の足元へ滑らせるように放った。
「とりあえずこの男たちの手足をそれで」
(『クロノスタシス』は、今は落ち着いている。この場にいるだけでは、命の危険はないということか…)
ヤマシタは、恐怖に支配された人形のようにフラフラと立ち上がると、崇史の指示に素直に従った。まず、最初に倒された男の手足をガムテープで縛り始める。
山下の視線が、一瞬だけ拳銃に向けられる。そのわずかな動きを、崇史は見逃さなかった。
「おい、変な事は考えるな。言ったはずだ、俺には通用しないと」
彼女は諦めた様に次の男の所に移動する。
「ねぇ、あなた自分が何をしているのか分かってるの?」
ガムテープを巻きながら崇史を見ることなく山下が言った。
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