第十三章:反撃開始
進化するクロノスタシス、そして特捜部との対峙。銃弾さえも、もはや彼を止められない。
2032年7月30日、金曜日。22時ごろ。
『クロノスタシス』が発動し、崇史を包む世界の時間がスローモーションに沈む。先頭の男が振り上げた拳が、まるでビデオのコマ送り映像のように、ゆったりと迫る。その顔には、侮蔑と油断が浮かんでいた。
崇史は、その拳が描く緩慢な軌道を意にも介さず、懐に滑り込む。男の重心、筋肉の収縮、次の呼吸。全てが、彼には手に取るように分かった。練習を重ねてきたステップで死角に入り、渾身のアッパーカットを、寸分の狂いもなく顎に叩き込んだ。鈍い音と同時に、男の体が信じられないほどゆっくりと宙に浮き上がり、そのまま床に倒れ伏す。
残りの4人が、崇史の異常な動きに気づき、警戒に顔を強張らせる。彼らが動く速度も、崇史の目には普段の半分以下の速さに感じられた。
次に飛びかかってきたのは、体格のいい男だ。彼が繰り出す左右のフックは、崇史の視界では雄大な弧を描いている。崇史は落ち着いてその軌道を見極めると、身体をかがめて最初のフックをかわし、そのままもう一方のフックの下をくぐるように滑り込んだ。そして、男が体勢を立て直す前に、その鳩尾に強烈なボディブローを叩き込む。男は「ぐっ」と喉を鳴らし、呼吸が止まったかのように顔を歪ませ、その場に膝から崩れ落ちた。
残り3人。彼らは互いに顔を見合わせ、連携を取り始めた。2人が崇史の左右から同時に襲いかかり、残りの1人が背後から回り込もうとする。完璧な連携に見える。だが、崇史にとっては、彼らの動きはまだ緩慢だった。
まず右から迫る男の脇をすり抜け、彼が攻撃のバランスを崩す瞬間に、その男の背後に回っていたもう一人の男の後頭部に、渾身の力を込めた肘打ちを叩き込んだ。男はそのまま前のめりに倒れ、ピクリとも動かない。
同時に、背後から回り込もうとしていた最後の男が、崇史の異様な速度に反応しきれず、わずかに動きが遅れる。崇史が素早く振り返ろうとした、その瞬間――男はジャケットの内ポケットに手を入れ、信じられないほどゆっくりとした動作で、黒光りする拳銃を取り出した。銃口が、崇史の方へ向く。
崇史の心臓が一瞬止まったかのように感じたが、彼の認識する時間はまだ遅い。男の指がトリガーにかかるのが見える。だが、崇史にはまだ、わずかな時間がある。
男が引き金を引く、その刹那。崇史はスローモーションの世界を駆け抜け、男の懐に飛び込むと、銃を持つその腕に、全体重を乗せた肘を叩き落とした。
鈍い衝撃音と共に、男の体は大きく仰け反り、手から力が抜けた拳銃が、床にカシャンと音を立てて落ちた。男はそのまま意識を失い、壁に凭れかかるように崩れ落ちる。
静寂が戻ったのも束の間、廊下から、慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。
次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれ、一人の女性が飛び込んできた。それは、特捜部の山下だった。彼女は、部屋の中で響いたであろう鈍い打撃音を聞きつけ、何事かと駆け込んできたのだろう。
だが、彼女が目にしたのは、予想だにしない光景だった。警戒に満ちた彼女の表情が、目の前の状況を理解した瞬間、驚愕に凍り付く。倒れているはずの崇史が立ち尽くし、床には数人の男たちがぐったりと倒れていたのだ。
「なっ…!あなた、一体ここで何をしているの!」
山下がそう言いながら部屋に踏み込んだ。崇史はその声に聞き覚えがあった。声のする方に振り返る。やはりあの時の女性刑事だ。正確には、特捜部の捜査官か。
「何してる? 聞きたいのはこっちだ」
崇史がそう言い放った瞬間、山下は言葉を失った。
「これはどういう……」
山下が言い終わる前に、崇史は彼女の目の前にいた。一瞬の出来事に、山下の表情が凍りつく。
「ちょうどいいところで。絶好のタイミングだ。あんたを探す手間が省けたよ」
崇史の瞳には、冷徹な光が宿っていた。
山下の表情からは明らかな恐怖が感じられた。目の前の光景、そして崇史の異常な動作。彼女は後退りしながらドアに向かい、逃げ出そうと振り返る。しかし、振り返ったそこには、すでに崇史の姿があった。
「ひぃっ!」
山下は声にならない悲鳴をあげ、床に尻もちをつく。
「ヤマシタさん。落ち着いて。俺はあんたをどうこうする気はないんだ。ただ、本当の事を聞きたいだけだ」
崇史はそう言って山下に近づき、上から顔を覗き込んだ。
その時、気を失っていた男の1人が意識を取り戻した。ううっと顎をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。それに気づいたヤマシTタが、その男に叫んだ。
「おいっ!撃て、撃て!」
男は近くに落ちていた拳銃を拾い、震える手で崇史に向けた。その瞬間、時間は今まで以上にゆっくりと流れ始めた。
「ヤマシタ、よく見ておけ。お前が相手にしているものが何なのか、その目に焼き付けるといい」
崇史はそう言い放つと、ヤマシタを飛び越え、拳銃を構える男に走り寄った。もう限界までコマ送りに見える中を、崇史は拳銃へと向かう。
大丈夫、大丈夫だ。わかってはいても、実際に拳銃など見たことも、向けられたこともない。男の指が引き金をゆっくりと引く。弾丸が銃口から出てくるのが、崇史にははっきりと見えた。
その瞬間、周りの時間は、ほぼ停止した。
(やった…!)崇史は心の中で叫んだ。(今まで仮説でしかなかった俺の『不死性』が、今、完全に証明された…!)
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