第十二章:潜入
張り込みの末に突き止めた、奴らのアジト。不死の確信を得た崇史は、恐怖を捨て、自ら修羅の道へと踏み込んでいく。
2032年7月27日、火曜日。20時ごろ。
東京地検特捜部に門前払いされてから、四日が過ぎていた。この数日間、崇史は寝食も忘れて、ただひたすら検察官たちの動きを追っていた。その執念は、やがて一つの結果に結びつく。彼らが普段の勤務先とは別に、密かに立ち寄る一軒の雑居ビルを突き止めたのだ。
そして今、崇史はそのビルの向かいにある路地の暗がりに身を潜め、息を殺している。
この張り込みの中で、**彼の『クロノスタシス』**は、新たな側面を見せ始めていた。彼が強く意識を向けた対象が、こちらを認識しようとしたり、警戒したりする、そのほんの僅かな思考の予兆。それを、首筋を撫ぜる悪寒のような、ごく僅かな時間遅延として『知覚』できるようになったのだ。それは、人の敵意や警戒心を事前に察知する、新たなレーダーだった。
崇史は、彼らがこのビルで何らかの「弱み」を握られている、あるいは裏で「特別な何か」を処理しているのではないかと推測した。
(…そういえば、ここ数日、まともに寝ていないのに眠気を感じない。食事も摂っていないのに、空腹もない。以前の自分なら、とっくに空腹と疲労で根を上げていただろう。これも、あの力の影響か…)
彼は、検察官たちがどの階で降りたのかを特定するため、彼らがエレベーターに乗るタイミングを見計らっては、その動きを目で追った。エレベーターのデジタル表示が、特定の一つの階で止まるのを数回確認できた。
そして、ついにチャンスが訪れる。目的の検察官たちがその雑居ビルから出て行ったのを見届けた崇史は、彼らが入って行ったフロアへと向かった。フロアは複数のテナントに分かれていたが、稼働しているのは一番奥の部屋だけだった。そこから微かに明かりが漏れ、人影が動いているのが見て取れた。
崇史は、その扉の前で、一瞬、足を止めた。この扉の向こうには、何が待っているのか。家族を死に追いやった『何か』に繋がる手がかりか。あるいは、ただの無駄足か。一瞬の躊躇が、彼の足を縫い付ける。
その時だった。フロアの奥から、チーン、というエレベーターの到着音が響いた。誰かが、このフロアに上がってきたのだ。もう、迷っている時間はない。
崇史は意を決して、扉をそっと開けた。それまで聞こえていた話し声がピタッと止まる。部屋の空気が一瞬でピリつくのを感じる。崇史は、躊躇を振り払うように、扉を大きく開け放った。
そこは、事務机が数個置かれ、その上にパソコン、テレビ、椅子が乱雑に配置された殺風景な部屋だった。中にいた数人の男たちが、一斉に崇史に視線を集める。その場の全員が、崇史を異分子と認識したのが分かった。
部屋の奥、ソファに座っていた男が、他の者に目で合図を送る。扉に一番近かった男が、面倒くさそうに立ち上がり、すぐにこちらに向かってくる。
「おい、なんだお前」
男が近づきながらそう言うと、その他の男たちも崇史に向かって歩み寄ってきた。
そこにいる全員が、当然のように、カタギとは思えぬ風体をしていた。一般の人間であれば、恐怖でその場に立ち尽くしてしまうだろう。
だが、今の崇史には恐怖がなかった。彼には確信があったのだ。この程度の連中に、自分は殺せない。なぜなら、もし本当に命に関わる事態になるのなら、このビルに入る前に、あるいは、この部屋の扉を開ける前に、必ず『警告』として時間は凍結していたはずだからだ。
(つまり、何をしても、どうなっても――俺は、死なない)
崇史は、驚くほど落ち着いていた。そして、自らの仮説を証明するため、向かってくる男たちへ、躊躇なくその身を投じた。
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