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第十一章:東京地検特捜部

呪いを力に変え、自らの能力を定義した崇史。刑事の名刺に記された『特捜』の文字が、事件の裏に潜む国家レベルの闇を暴き出す。

 (死ねない…。俺は、死ぬことさえ許されないのか)

台所の床にへたり込み、崇史は自らの腕に突き立てようとした包丁を、力なく落とした。家族の元へ行くという、最後の逃げ道さえも、この得体の知れない力は塞いでしまった。それは守護などという生易しいものではなく、永遠に続く地獄を宣告する、無慈悲な呪いそのものだった。

だが、と崇史は思考を切り替える。

(この呪いがあるからこそ、成し遂げられることがある)

崇史の目に、再び冷たい光が戻る。彼は、この能力の限界を、さらに正確に知る必要があった。**彼の目は、家の外にある、より単純でわかりやすい『危険』を求めていた。**彼の脳裏には、近所を流れる川にかかる、あの橋の姿が浮かんでいた。


 2032年7月23日、金曜日。深夜2時。

崇史は黒いフード付きのパーカーを深く被り、夜の闇に紛れて歩いていた。外に出たところで、能力が顕著に発動することはない。目的が明確であり、今は彼の身に直接的な危険が迫っていないからだ。

家を出てすぐそこに、きれいに整備された川がある。川というよりは、少し広めの用水路といった趣で、地元では石神井川と呼ばれている。川の側道は歩道が整備され、春には桜のトンネルができる。

妻と子供とよく散歩した思い出が蘇る。娘の幼い手が、小さな花びらを追いかけていたっけ。**(もう二年近く前のことか…。)**その記憶が、崇史の胸を締め付けた。かつては家族との幸福を象徴したその場所が、今は、能力を測るための、ただの実験場と化していた。

そんなことを思いながら歩いていると、やがて川にかかる何本もの橋の一つにたどり着いた。ここまで来る道中では、さほど時間の遅延は感じなかった。彼の意思は、すでに「飛び込む」というモードに切り替わっていた。

橋の欄干に手をかける。そこから川面までは、目測で約8メートルはあるだろうか。飛び降りれば、怪我をする可能性は十分にあるが、死に至るほどの高さではないだろう。

やはり、時間の遅延はさほど感じない。

崇史は欄干に足をかけ、その上に立つ。もう結果は薄々わかっていた。死の危険が低ければ、能力は強く発動しない。

夏の生暖かい水が、彼を待っている。皮肉なことに、季節が冬でなくてよかった。凍死という余計な変数がないだけ、実験はしやすい。

ドボン、と鈍い音がして、水しぶきが上がった。冷たい川水が彼の全身を包み込む。水面に顔を出すと、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。


彼は川から上がり、自宅に戻ると、すぐにシャワーを浴びた。川の生臭い匂いを洗い流しながら、これまでの実験でわかったことを頭の中で整理する。

(『予測される危険度』に比例して、時間遅延のレベルは変動する…。)

それが、現時点での結論だった。おそらく、ベッドからでも頭から落ちれば、時間は止まるだろう。あのT字路の件と、首元にナイフを向けた時の停止。そして今回の川への飛び込み。すべての結果が、この仮説を裏付けていた。

「大体、わかってきたぞ……」

崇史は濡れた髪から滴る水を拭い、ギュッと拳を握りしめた。空腹を感じない件は、まだ謎だが、今は後だ。今は、この能力の核を掴んだことの方が重要だった。


崇史は、名刺を探し始めた。退院した時、業者によって完璧に片付けられていたはずの部屋は、ここ数週間の彼の自堕落な生活を映し出し、ビールの空き缶やコンビニの袋が散乱している。その乱雑さの中から、ようやくベッドの下に落ちていた、くしゃくしゃの名刺を見つけ出した。

名刺を開き、そこに印刷された文字を見て、崇史は息をのんだ。

『東京地検特捜部』

(特捜…?ただの所轄刑事ではなかったというのか…!)

崇史の心臓が激しく脈打つ。

(やはり家族を殺したのはただの強盗ではない! これではっきりした!)

彼の胸に、確信と同時に、言いようのない怒りが込み上げた。


崇史は、クシャクシャになった名刺を握りしめ、覚悟を決めた。東京地検特捜部の検察官に面会を要求する。家族を奪われた被害者として、警察の説明に納得できない点があること、不審な点があることを盾に、直接担当者と話したいと訴えるつもりだった。

しかし、彼の予想通り、面会は軽くあしらわれた。予想通り、事務的な対応に終始され、事件の進捗に関する具体的な情報は一切得られなかった。「捜査中につき、お答えできません」――その定型文が、ガラス越しに無機質に響く。

崇史の胸に、やはりな、という納得と、身分を明かせぬ一個人を門前払いする国家権力への、冷え切った怒りが同時に込み上げた。

(そうだろうな。まともに取り合うはずがない。俺はもう、彼らにとっては『処理済みの案件』で、厄介事に過ぎないのだから)

だが、その鉄壁の対応そのものが、彼らが何かを隠している何よりの証拠だった。

(やはり、正面からではダメか…ならば)

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

今回の話はいかがでしたでしょうか?

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