79・おっさんは気休めを言う
さっそく倒したオーガを漁ろうとするキャリーを止めるおっさん。
「待て、解体しても今からじゃ食えないぞ?」
「え?持って帰れば良いじゃん」
ケロッとそんな事を言うが、おっさんたちが持つ収納袋には冷凍や時間停止の機能はなく、時間とともに生肉は劣化する。いくら乾燥していると言っても夏なのだから、適切な処理もなく生肉を持ち歩けば腐らせるだけになる。
「無理だろ。アニメのマジックバッグじゃ無いんだ」
おっさんがそう言うと、仕方なさそうに手を止めるキャリー。相当、オーガ肉が気に入ってしまったらしい。
さらに見ればキョーコも何かやっている。
「キョーコ?」
「大丈夫、ウロコなら腐らない。皮は処理する時間が無いから諦める」
ちょっと適切とは言い難い判断だが、サンポやヘタが既に片付けを始めているので好きにさせる事にしたおっさん。
付帯作業があったのでオーガを埋めるまでに多少の時間を要したが、処理を終えて寝床につく頃には、夜中だった。
翌日、朝から周囲の探索を行うが、他にオーガの群れは発見出来なかったので先へと進む。
これまで変化に乏しかった地形に俄に変化が起こり、川の流れが削り取った断崖が顔を覗かせだす。
「峡谷っぽい眺めになったねぇ」
キャリーが歩く毎に高さを増していくその景色にそんな事を言った。
「緑が少ないからグランドキャニオンみたいな風景になるのかな」
コータがキャリーに応えてそう口にした。
そのまま歩いて昼頃には見上げる高さにまで崖が聳える様になるが、まだ川原が続いているので進める広さがあった。
「増水期だとここは全部川になるのかな?」
荒い岩場を見ながらキャリーがそんな事を言い、岩場の抉れた場所を指す。
「多分、そう。今だから歩ける」
キョーコもそれを見てそう言って前を見つめた。
「片方が強固な岩盤だから切り立った崖になって、急流が削るから柔らかい方も広がる事なく深さを増したのかな」
そんな解説をただなんとなく聞いたおっさんは、ふとテレビで見たことのある滝を思い出していた。
そんな不安を抱きながら先へ進めば、滝が現れるより先に川原が途切れてしまい、進めなくなってしまった。
「やっぱりこうなるか」
キョーコが落胆したようにそう零す。
サンポがなぜかと聞けば、キョーコが解説してくれた。
「片方が硬くて水流で削れる範囲が限られてくるから深くなればなるだけ狭くなる。狭いから流れも急で、最後には川原も消滅するほど狭い場所に行き着く。あとは、この先に滝があるのかな」
その説明に耳を澄ますが滝の音は聞こえて来ない。
「エンジェルフォール程は無いだろうけど、高すぎて滝壺の音は聞こえないと思う」
残念そうにそう言うキョーコ。
「じゃあ、ここまでだね」
キャリーがヤレヤレといった風にさっさと方向転換すると、皆がそれにならって踵を返した。
「北の川なら滝にならずに湖まで流れてるかもな。この川とは水量も段違いだった」
おっさんはそんな気休めを言い、名残惜しそうに下流を眺めるキョーコを促す。
結局、オーガの生息を確認した以外に成果の無い探索ではあったが、その先へ至る手段が無いのでは仕方がない。
おっさんたちが出城へと戻ると、籠を背負った人たちが往来している所に出くわした。
「何だ?」
おっさんが疑問に思っているとキョーコを見つけたカズキがやって来る。
「姉ちゃん、遅かったな」
やって来たカズキによれば、出城へのバリスタ設置が終り、守備兵のエアーライフルも完成し、弾もそれなりの備蓄が出来たらしい。
そして、エミリーに渡した銃の感想を求められ、付帯作業の一つであった銃の性能試験の結果を聞いて満足した様だった。
「うん、やっぱり弾もウロコ素材にしてよかったんだね。そうそう、おっさんたちの甲冑ほど軽くは出来ないけど、オーガのウロコを使えば防御力の高い防具が作れるよ」
カズキによれば、すでに冒険者たちへの現物報酬としていくつか防具を渡しているという。おっさんの甲冑が金貨百枚程度した事を考えれば、オーガのウロコで作る防具の値段も相応なもので、普通に買えば開拓地での報酬に見合うものになるとの事だった。
「それで、あの籠持ってるのは何?」
キョーコがそう聞けば
「ああ、あれ、柿みたいな果物だよ。砂糖煮にして保存食にするんだって」
と言う。
木や葉を見ても全く柿には見えない木だったはずだが、成った実は柿に似ているという。ただ、そのままでは長期保存出来ないので、ラディッシュ砂糖で煮ることで保存食にするという。容器はカズキ製のガラス瓶なので、保存性は間違いない。
おっさんたちは出城の長となっている騎士へと探索の報告を行い、川の先は不明に終わったが、オーガが付近まで進出している事を強調して伝えることで成果をしっかりアピールした。
「そうか。やはりここに出城を築くことは必要だったのだな。カズキによれば総構えという城の構造にしたとかで、出城内で千人規模の街が作れるらしい。今後は対オーガ対策の最前線としてより充実させる必要がありそうだな」
と、しっかりアピールが長にも届いている様で一安心したおっさん。
さらにもっと南へも足を延ばそうかと考えたおっさんだったが、2日もすれば砦からの発光通信によって帰還の指示が届いた。
発光信号を作ったのは、カズキとキョーコ。
今は未だモールスほど細かな内容の伝達は出来ないが、一定の符丁を決めての通信は可能になっている。
その中には砦にやって来る冒険者が増えた場合におっさんたちパーティやカズキ、ショーコを呼び戻して南方に新たな出城を作ると言う物も含まれていた。
「どうやら目標としていた人数が集まったらしい。それに、村人によればもう一月もすれば霜が降りるらしいからな、そうなる前に南の出城を作り、設備を整えた方が良いだろう」
長がそう説明してくる様に、ここは9月を迎えると霜が降りだすような場所で、10月半ばには早ければ雪が降る事になる。それまでに南の出城を整えなければ、活動が来年にずれ込んでしまうのだという。
「それは暢気に構えてはいられないな」
おっさんもそんな話を聞いては、我が儘を言っている暇はない。出城計画が完成しなければ来年にも響くし、オーガの再来にも対処できくなるかも知れないのだから。




