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76・おっさんは思い出す

 出発時間が遅かったのだが、復路は拠点の警戒心を考慮しなくて良いのでかなり飛ばすエミリー。まさか彼女がスピード狂だとは思わなかったおっさんは、チャリオットにしがみついて耐えていた。横を見れば平然としたサンポが風を感じているのが見え、呆れてしまう。


 馬はさすが魔物だけの事はあり、まるで自動車の様な速度で疲れ知らずで半日ほど走れば、村跡までたどり着いてしまった。


「さすがに速いな、これは」


 まだ後方には土煙を残すチャリオットが速度を緩めて夜営跡へと停まる。


 先ほどから見えてはいたが、やはり信じられないほど立派な壁が出現しており、少数のオーガ程度ならばものともしない休憩所予定地が既に完成している事におっさんは驚くしかなかった。


「カズキは凄いですね」


 エミリーも驚いた声を上げている。


「早かったな」


 壁の内側から出てきたのは騎士だった。


 どうやら壁や建物の修復を終えたカズキはすぐさま砦へと戻り、細々とした作業は手すきの騎士や村人が行っているらしい。

 残念ながらまだ泊まれる状態にはなく、4人は今日もテント泊となったが、騒がしいキャリーが居ないので静かなものだった。


「なるほどな、砦にはギルドの人間は一人も居ないんだ。直ぐにでも来ることになるかもなぁ」


 騎士も拠点のギルマスを知っているらしく、利が見込めるなら直ぐにギルド職員を送って来るだろうと話す。


 おっさんも、ギルマスの態度からそれを確信していた。


「まあ、あの小娘なら直ぐにでも放り込んで来るさ」


 サンポがそんな事を言う。


 その外見から忘れがちになるが、サンポは20代美女の外見ながら、その実態は齢70になる男である。

 おっさんからすればエミリーやヘタより悩ましい存在ではあるのだが、中身はだいたい少年、時折老獪な人物。

 そんなサンポから見れば、ギルマスは分かりやすく読みやすいらしい。


「崩壊しかけた東方を、ダイキを砦へ派遣する事で立て直し、さらにギルド支部まで再建したとなれば、鼻も高いだろう。間違いなく明後日あたりには、ここへギルド一行がやって来る」


 断定的にそう告げるサンポに対し、騎士は準備が間に合わないなと肩を落とすのだが、おっさんは休憩所があるなどとは話しておらず、使えそうな村の跡があると説明したに過ぎない。


「そう焦ることはない。話が拠点まで伝わるのはまだ先の話さ」


 外見だけは立派になった村跡では、まだ内装や設備がほとんどない建物で思い思いに食事をして寝床を整える姿が見受けられた。


 翌日もエミリーは軽快にチャリオットを飛ばし、おっさんは派手に揺れる車上でグロっていた。

 そこまで乗り物酔いが酷い覚えがないおっさんだったが、乗っている代物が日本とは違いすぎた。


 疲れを知らない魔物は今日も今日とて軽快に飛ばし、夕暮れ時には既に砦が見える位置まで辿り着き、月明かりに照らされながらの帰還となった。


「ちゃんとした街道を整備したら拠点からここまで一日半あれば馬車で来れますね」


 辿り着いたエミリーは元気にそんな事を言うが、石畳の街道を跳ねる馬車で爆走するなど、おっさんには耐えられないと頭をふる。


「そんなに乗り心地が悪かったですか?」


 エミリーからすれば通常の荷馬車など比較する事すら出来ない快適な旅であったが、それは板バネすら装着されていない馬車が比較対象だからであり、アスファルトの道を走る日本の自動車と比較した場合、穴だらけの泥道を走るママチャリの方がマシというレベルである。

 なにせこの世界にはタイヤが存在しないので、カズキ特製強化チャリオットと言えど快適性は獲得出来ていないのだから。


「ダイキ、年寄りみたいだぞ?120を超えた連中みたいな事を言うな」


 サンポが元気におっさんを叩くが、森人の120は人間で言えば50代、さすがにおっさんはそこまで弱いつもりはなかったが、元気に振る舞う気力が出なかった。


 翌日、責任者へと拠点での報告を済ませたおっさんだが、この時ようやく砦が静かな事に気が付いた。


 砦には賑やかなキャリー達がおらず、カズキの姿すら見当たらない。


 おっさんは習性に従い塔へと登れば、東に拠点並の塔が聳え、立派な砦が出現していることに驚くしかなかった。


「ナンジャ、ありゃあ!」


 おっさんの叫びに兵士が反応して説明してくれた。


「あれはアンタが言っていたらしい出城ってヤツだよ。東の川沿いにひとつ。これから冒険者が来るなら南の開拓村へも作る予定だと聞いたが、知らなかったのか?」


 兵士はおっさんが提案し、責任者が採用した新たな南方政策だと言っていたらしいが、おっさんからすればその場の思いつきでしかなかった。


 だが、推進者が誰かは分かっていた。間違いなくキョーコとカズキが悪ノリしている。


「まあ、考えついたのは俺なんだが、実際の中身は今あっちに居る連中が考えた事だよ」


 遠見でよく見ればが、出城周辺で動く集団が見え、きっと何かやっているのだろうとため息を吐くおっさん。


 2日後には出城からカズキ達が帰還してきた。


 なんでも川沿いに生えていた木はかなり有望な果実を実らせるらしく、出城は壁を広くとって中で畑を拓いてラデッシュを栽培する事で、樹の実が成れば砂糖漬を作れる段取りを整えたらしい。


「川幅が広いから堰を築いて用水路を引くのも一苦労かな。用水路を作れば周りを農場に出来るんだけど、ちょっと川上に作る必要があるし、春から初夏の水量が分からないと手をつけられないしなぁ」


 と話すカズキ。


 周辺が平坦な事もあって背の低い堰ひとつでかなりの水量を溜める事は出来るが、ひとつ間違うと周辺全てを水浸しにしかねないと言う。

 カズキが居ればこの地は飛躍的に豊になりそうだが、キョーコが冷や水を浴びせる。


「ソ連がやったみたいに塩害で土地をダメにするリスクもある」


 おっさんも知っているアラル海の消滅危機と農業政策失敗の話だが、確かにステップ気候という似通った条件が揃うだけに、注意が必要そうである。


「それもあるから、やるかどうかは来年まで待つんだよ」


 カズキもそう言って話を切り上げる。


「それはそうと、東へ行ってみないの?行くなら橋を作るよ。水量が分からないから増水を見越した多連アーチかな」


 おっさんはその事に北の村で見た錦帯橋モドキを思い出していた。 

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