68・おっさんは逃げる
翌日、おっさんは早速ショーコに畑へと案内してもらう。
元の砦より外に築かれた壁と本来の砦の間に畑が拓かれ、手軽に栽培出来る野菜や麦が植えられており、食料を自給出来る体制は一応あるらしい。
「ここの畑は面積も狭いし急ごしらえだからあまり育ちもよくないんだよね」
麦は疎らで、野菜は保存に向かないラデッシュが最多というかなり怪しい状況をおっさんは説明され、昨日聞いた話を思い出していた。
「アレも薪用って言ってるけど、食べられる実をつけるから幾らか残しておいたほうが良いし」
と、そこらに生えた木を指差して言う。
なぜそんなに分かるのに黙っていたのかとも思ったおっさんだが、心当たりが無いわけでもない。
召喚される以前の事を考えてみれば、部門や会社が違うならば、横で何かやっていても口出しなんかしなかったのだから、ひとの事は言えないなとおっさんは口を噤む。
ショーコたちはオーガの討伐に連れてこられたのであって、開拓要員では無いのだから。
実際、今この場で働いているのは兵士ではなく、逃げ遅れたり帰還を拒んだ開拓村の人たちである。
おっさんは農場の責任者が誰か尋ねれば、案の定、砦の責任者とは別の人物であった。
(アカンやつや。失敗するフラグだろこれ)
おっさんはそう思いながら、元村長だという人物を訪ねる。
「召喚者?今さら何の用だ?」
老人というには若い、おっさんと10も違わなそうな人物であった。
ショーコのスキルの話をすれば、元村長は驚きに目を見開き、さっそく話を聞いてもらえた。
「あの荒地大根が砂糖の素?甘く無いが」
と、内容には納得していない。
「あの樹の実が食える?いや、毒はないが渋くて無理だったが」
と、はじめはこんな調子だったが、話が進めば前のめりに聞いてくれた。
「そうか、そんな方法で出来るならやってやろうじゃないか。樹の実がシロップ煮に出来るなら、母ちゃんも喜ぶな」
最後は喜々として行動に移してくれる事になった。
ラデッシュの収穫は定期的に可能な様に栽培を行い、ちょうど収穫出来たもので試すらしい。
「まさか、搾りかすも食えるとはな」
と、聞いていたおっさんも関心していたが
「搾りきれないから粕も甘みが残った粉になるんよ。それを使えば栄養豊富な乾パンみたいなものに出来る。塔を建てる時にオタク君が塩を掘り当てたし、保存食にもうってつけじゃない?」
ショーコは事も無げに言うが、この砦は報連相が出来ていないのだろうか?いや、スキル鑑定のガバさが諸悪の根源だと考えを巡らせるおっさん。
しかし、だからと言ってスキル鑑定のガバさに文句を言っても仕方がない。日本にだってそういうところはあるし、宗教だというならなおさらだと思い至る。
「そう言う事なら砦の責任者のところへ説明に行こう。これからの食料調達もすり合わせる必要があるだろうからな」
おっさんはそう言って昨日も行った責任者の下へと向かう。
「何だと!?新たなスキルが発現したのか!」
驚きで大声を発する責任者。
ショーコがその内容を説明し、砦で生産されるラディッシュから砂糖がとれ、搾りかすまで乾パンとして利用できると聞いて驚きが増し、目が飛び出そうになっている。
「それで、砂糖の方も樹の実の砂糖漬けに仕えると?」
ショーコの話を聞き、早速食糧計画を変更する旨を伝えると言って部下を呼び、元村長のもとへと走らせるようだ。
元村長とも話は出来ているので、後は収穫量や人手の問題だけ。
「まあ、これで完全ではないが越冬の糧を確保できるかもしれんな」
そう安堵する責任者の姿に、どこかホッとするおっさんだった。
「しかし、どうして野に出た召喚者にはこうも有用なスキルが発現するのだ?」
一通り話がまとまった頃合いで、責任者は雑談のつもりでおっさんたちにそう聞いてくる。
ショーコは
「城にあったものは調べつくされていて、外に出れば知らない物に触れる機会があるからでしょう」
と無難に答えている。
確かにそれもあるかも知れない。東方の開拓地でもなければ、利用価値の分からない植物と言うのはそうそうお目に掛かれるものではない。栽培する者、採取する者、調理する者、それぞれがすでに有している知識があれば回していけるのだから。
だが、根本的な問題はあのスキル鑑定にあると思っているおっさん。日本語がそのまま表示される鑑定の場で、それをこちらの言葉、それもスキルとして意味が通るものに訳すというのは一苦労だとは思っているのだが、それでも召喚者のスキル名とその後の活動を子細に調べていけば、もっと適切なスキル事典が完成させられるのではないかと思ってもいた。(それが出来ないのが、科学じゃなくて宗教だからなんだろうなぁ)と、考えながらおっさんは責任者を見る。
「現れるスキル名は我々召喚者ですら、うまく理解できないものがありますから」
その場はそう言い逃げておく卑怯なおっさん。
ふたりの話を聞いて、納得は言っていないようだが
「それもそうだな。伝え聞いただけだが、砦を強化した少年のスキル名、【ブキオタク】など、何の事かさっぱり分からんわ」
あきらめ顔でそんな事を言う責任者だった。おっさんもそれがどうしてクリエイトスキルなのか理解できなかった。ただ、武器召喚スキルの様なものは流石に無いのかと、そこだけはリアリティあるよなと別の方向で感心するのだった。
食料に関しては一応の改善は見られたが、解決できた訳ではない。おっさんは、外に出て使えそうな植物も鑑定してみるのはどうかとショーコに話しながら広場へと向かった。
そこでは数十人の兵士が何やら悪戦苦闘している姿が目に入った。
「何やってるんだ?」
おっさんが近くにいたコータに聞く。
「ああ、帰って来たんだ。あれは自分の銃を自分で組み立ててるんだよ。これから使う事になるから分解や部品交換も自分で出来た方が良いからって」
よく見れば兵士たちの周囲にはカズキやキョーコ、サンポにヘタまでが居て、時折声を掛けたり何やら部品を手にとって説明する姿が見られた。
おっさんは思う。コータの返事に(自分の道具を自分で組み立てるなら、カズキが組み立てるより時短になるよな)と。




