63・おっさんはやせ我慢する
橋に何か思い入れでもあるのか周りを調べるキョーコを眺めながら、おっさんはこんな水の枯れなさそうな本流があるなら、この下流を開拓すれば良いと思った。
「川は水だけじゃなく土砂も流すから、川を下れば開拓に適した土地があるんじゃないか?」
下流を見ながらおっさんが言うと
「ギルドにもそうした記録はある様です。ここを拠点に東進した際に北部と変わらない強力な魔物が群れる森を見つけ撤退したとありました」
エミリーがそんな説明をするのでおっさんはまだ登れそうな櫓へと這い上がり、東を眺めてみるのだが、緑の筋が蛇行する姿が見えるばかりだった。
「ん?」
南方を見ると人工物らしきモノが見えたおっさんは遠見で観察する。
それは確かに人工物であり、見張り塔であろう事が分かったが、人の顔までは見ることが出来なかった。
「南に人工物が見えるぞ」
おっさんは降りるとそう口にし、それを聞いたキャリーやコータが喜ぶのだが、エミリーとサンポは首を傾げている。
「ダイキ、ここから1日程度にある拠点にそんなものはなかったぞ?」
サンポが言えば、エミリーも追随した
「はい、中継拠点はこの櫓程度しかありませんよ」
おっさんもそれは確認出来ていた。人の顔が確認出来ないとなれば30キロどころかもっと遠く、50キロを超えるのではないかと口にする。
「そうなると、塔の高さは少なくとも150メートル、下手をしたら200メートルになるけど?」
というキョーコ。
「南の拠点にある塔も拠点と変わらない高さだったはず」
というエミリー。
こちらが5メートル登ったところで普通に2日程度先にある、つまり60キロ以上先の塔が見えるはずが無いと言う。
だが、おっさんは人工物を見ている。
謎を残しながら南下し、夜を明かして少し歩いた頃だった。
まだ早すぎる地点で塔を視認したおっさん。
「見えたぞ」
サンポもここまでは来ていないため、塔の存在には気付いていなかった。
「ふむ。人だな、オーガじゃなさそうだ」
おっさんはさらに情報を追加した。
まだ塔しか見えないモノの、そこに居るのが人であると知れた事はパーティには朗報だった。ただし、問題がないわけでもない。
「それだけじゃあ喜べないな。砦と言うからにはそれなりの備蓄もあるだろうし、持ちこたえてるだけでオーガに囲まれてるかもしれないだろ」
と、サンポが喜ぶキャリーたちを嗜める。
「じゃあ、アンタが見て来れば?」
いつものようにそう喧嘩腰になるキャリー
「ああ、そのつもりだ」
サンポはそう言って足早に塔が見える方へと走り出していく。
「あの塔が拠点と同じくらいの高さならば、この近くにもオーガが居るかもしれませんね」
エミリーもそう言って辺りを警戒するのだが、おっさんの目に脅威となるような魔物らしきものは何も映っていなかった。
サンポが偵察に向かってしまった事もあり、おっさんたちはそこで留まる事にした。
「私も周りを見てきます」
ヘタも足を止めてすぐ、周囲の偵察へと向かう。
結局サンポが戻ってきたのは夕暮れ間近の事で、もはや今日はここで野営するしかなくなった事におっさんは少々肩を落としていた。
「マジかぁ~、また干し肉と干した変なのかぁ」
キャリーはそれを口に出して嫌がる。
出発した当初ならともかく、ここまで来れば生鮮品を口にするのは難しく、昨日の村の様に水の確保が十分で周りの状況も確認できるならば火も使えるので湯を沸かしてスープを作る事で干し肉や乾物を戻してそれなりの食事にありつくことが出来るのだが、そうでなければ塩辛いだけの干し肉と髪を食べているかのような野菜の乾物をそのまま食べるしかない。
一度目で飽きてしまったキャリーは嫌な顔をしてどうにか食べないで済まないかと考えていたのだが、サンポの話は全く歓迎できるものでは無かったため、食べない選択肢はない。
「行けるところまで行ってみたが、塔は高くなるが砦の壁は見えてこなかったぞ。代わりにオオカミ系の魔物がうろついていやがった」
それを聞いたおっさんは落胆するしかなく、ふとキョーコを見る。
「そうなると間違いなく100メートル越えの塔なんだと思う。砦はまだここから一日以上かかる位置にある」
という
「それだと南の拠点が一番近いと思うけど、塔の高さが二倍以上に高くなってるなんてちょっとあり得ないんだけど」
エミリーがそう疑問の声を上げるが、キョーコにもその答えは分からなかった。
「誰か土魔法とか使える奴は居なかったのか?」
状況把握が出来る前に城を離れたおっさんは他の召喚者たちの詳しいスキルを知らない。もはや召喚された当日の鑑定の話すら半ば忘れているほどだった。
「クリエイト系は居なかったと思う。みんな攻撃系か治癒系だったから」
というコータ。
おっさんはもしやと思ったが、これで振出しに戻り、塔が成長している事は分からずじまいとなってしまった。
翌日、結局何も分からないまま前進する事になったが、そこにはサンポの言っていたオオカミの群れが複数うろついており、その排除をしながら進むという苦難に陥ってしまう。
「なんでこうなるの!」
キャリーが文句を言うが、今回ばかりはおっさんも同意するしかない。
おっさんやサンポ、ヘタが遠距離から数を減らしていくのだが、数が数である。なぜ数十と言うオオカミが群れているのか、おっさんどころかエミリーですら説明することが出来ないのだからどうしようもない。
「塔はずっと見えてるのに全然進んだ気がしない!!」
キャリーがそんな文句を言うのも仕方がない、多くの時間をオオカミ討伐に費やした結果、これまでの半分も進めていない。その結果、未だに塔以外の人工物を目にする事がないというもどかしさを抱えたまま夕暮れを迎えてしまったのだった。
おっさんはこんな日もあるさと余裕を見せはしたが、それはただのやせ我慢に過ぎなかった。
野営は村で行ったとき同様にテント内で誰かが待機するという変則的な方法で行ったため、翌日は戦闘と夜番の疲労が召喚者たちには重くのしかかることになった。
「なんだ、この程度で」
ケロッとしているサンポがうらやましいおっさんだったが、やせ我慢して口に出すのを抑えるのだった。