60・おっさんは上手くいかない
たった数日の滞在ではあるが、おっさんは砦の食料事情の悪さを実感していた。
そして、エミリーが聞いてきた内情にはもはやため息すら出ないほど疲労する事になった。
東征村から東進して最初にあるのがこの拠点であり、ここから各開拓地へと冒険者が向う事になる。
そして、東や北にある開拓地はより寒暖差が酷く、秋まきの麦の栽培にはまったく向いていない。この拠点でさえ、冬季の生育は難しいので春まき主体の栽培がなされているという。
それに対し、冬の寒さが穏やかな南方では、水の少なさがネックではあるが、降雪によって冬季の水は確保できるため、秋まき麦の栽培が行われている。
そうした事から南方にも備蓄可能な拠点が整備され、東方開拓地で不足する夏場の食料を支えている。
そう、南部へとオーガが侵攻したことにより、絶賛食料不足に陥っている拠点。
さらにオーガが北上する様ならば、秋の収穫すら望めなくなってしまう。
正確な事情は知らされていない冒険者達であっても、南部から避難した者から戦況を聞いているため、食料事情が悪い事を感覚的に察知している。
より正確で多くの情報が集められ、把握しているギルド、殊にギルマスともなれば、嫌でも現実を知っている。
だが、知っているから的確な判断が出来るかは別物になる。
南部から戦況が入らなくなったと言うことは、陥落したか、さもなければ遮断されている。
いずれにしろ、これから秋の収穫まで食料入手が出来ない事は確実となっている。
さらに、秋の収穫すら魔物の来襲で不可能となれば、砦の統制が効かなくなる事すら考えられた。
ギルドという組織で重要な拠点を任されたギルマスからしてみれば、秋を待たずに多数の冒険者が東征村へ逃げ帰るなど、不手際以外の何物でもない。地位も名声も面子も、何もかもが崩れ落ちるのは明白である。
翌日はエミリーを待つまでもなく起き出したおっさんは、日の出前には塔へと登る。
「やれやれ、早速かよ」
おっさんははるか南方の地平線近くを蠢く集団を発見する事になった。
「エミリー、ギルマスに連絡を頼む」
蠢く集団を睨みながら、おっさんはそう口にし、これからの事に思いを巡らせるのだった。
日の出から暫く、オーガの動きは緩慢だった。
まだ冒険者達にはハッキリと姿を見ることは出来ず、中には信じようとしない者まで居たのだが、流石にギルマスはそんな恥知らずではなく、塔に登り、蠢く集団を目の当たりにするなり迎撃準備を始める。
「まさか、外で迎え撃つのか?」
塔から様子を伺えば、門を開いて冒険者たちはが外へと出ていくのが見え、エミリーに問うおっさん。
「ギルマスは畑へ被害が出ない事を第一に決めたようですね」
だが、その決定に不安しかないおっさん。
「無理だ。キョーコやコータみたいな技を使えるヤツなんか居ないだろう?ウロコに阻まれて終わりだ」
しかし、すでにギルマスが野戦を選択した以上、今更作戦変更など不可能だったし、砦に籠って撃退する方策も浮かんでは来なかった。
日が昇り、気温が俄に上昇しだした頃、ヘタが塔へとやって来た。
「ダイキさん、私たちは外で小集団のボスを狙います。サンポの言っていた様に、群れの集合体なのでボスを減らせば内紛を始めるハズです」
と言い、走り去っていく。
キョーコたちはすでにサンポに任せて外に出ている。
おっさんとしては砦の城壁から攻撃する事を前提に送り出したのだが、現実は上手くいかない。
気温の上昇とともに活性化したらしいオーガは、馬の様に駆けて砦へと接近していた。
塔からそれを見たおっさんには、まさに騎兵の様に見え、この部分だけを切り取れば、なるほど、馬である。
オーガは前後に長い隊列を成して駆けており、昼頃には砦の近傍まで迫ってきた。
冒険者たちは盾を構えて迎え撃つのだが、相手は馬の様な勢いがあるため止めるどころか弾き飛ばされ、あるいは踏み潰されてしまった。
弓使いが矢を射るが、まるで勢いは衰えない。魔法使いの魔法も効果があるようには見えない。
ふと一角が崩れたところを注目すれば、キャリーが戦輪を飛ばしてオーガの脚を斬り裂いていた。
後方のオーガは脚を斬られてつんのめった先頭の状況などわからず突っ込み、さらにその状況を見て減速した集団に後方からさらに追突する混乱が引き起こされていた。
だが、それもあくまで局所的な状況に過ぎない。
またあるところでは指示を出しているらしい仕草の個体が倒されていく。
サンポやヘタがやっている事をおっさんは理解したが、それでも全体への効果は薄い。
おっさんはさらに後方へと目を向ければ、一際大きく、さらに何やら艷のある個体が目に入る。
「さすが、知恵のあるオーガだ。周りを固めてまず討たれない位置取りをしているな。さすがの大弓でも届かないな」
おっさんはそう言ってニヤリと笑う。
塔からは2キロ程度、前線からも300メートルは後方で、視界を塞ぐ様に囲むオーガに、サンポやヘタとて狙える隙は無いように思われた。
「油断、ですね」
エミリーが言うように、そのオーガは明らかに油断している。
おっさんは弓を出し、最大に引き絞って矢を出した。
鋭く長い矢じりを生成し、艷のあるボスらしきオーガへと放った。
音速を超えたその矢に気付いたオーガだったが、あまりの速度に少し横へ移動する猶予しかなかった。
もちろん、誘導矢なのでその程度で避ける事など出来ずに顔面に矢を受け、頭を串刺しにしたところで矢が止まる。
周りのオーガもしばらく何が起きたのか事態が把握出来ずにボスを見つめるばかり。
ボス個体は僅かに頭を横へ傾けた状態で微動だにしなくなり、そのまま数分その姿勢を保ち続けたが、俄に崩れ落ちた事で周りのオーガが騒ぎ始め、さらに周囲へと伝播していった。
そこから、集団の指揮を取ろうとしたのか叫び出す個体やそれを制そうとする個体、周りと争いを始める個体など、混乱が内紛へと拡大していく事になった。
中には状況を見て南へと逃げ出す冷静な個体も居たが、そうした行動の分かり易い個体はおっさんが塔の上から一体づつ丁寧に狩りとっていった。
混乱した前線ではキョーコやコータが暴れ回り、組織力を失ったオーガを各個撃破していく。
キャリーは戦輪によって行動力を奪う事に重点を置き、トドメは冒険者たちに任せる様に行動していた。
サンポとヘタは内紛の中でも優位な個体を優先的に弱らせ共倒れを誘発していく。
こうして夕方頃になると、拠点の周りにはオーガと冒険者の動かぬ死体が散乱する風景が出来上がる事になった。
「何とか持ちこたえたね」
冒険者の三割近い犠牲によって何とか来襲を凌いだギルマスがそう言い、後片づけを支持すると、サンポがさりげなく、オーガが食用になる事を告げ、多くの冒険者たちがオーガへと群がっていくのだった。