57・おっさんは尻込みする
腹を食い漁られた遺体の数々を埋葬していく。
ここは休憩所と言う事で、そのほとんどは冒険者であったらしいが、中には子供も混じっていた。
「ポーターではなく、親に連れられてこの休憩所で暮らしていたんでしょうね」
そう悲しそうに言うエミリー。
本格的な宿場町の様な整った設備は存在しないが、それでも最低限、魔物に備えた防護柵や櫓を備え、常駐する冒険者もいる。
「もしかすると、あの賊はここの生き残りだったのかも?」
キョーコがそんな事を言いながら、遺体を埋めている。
可能性はある。もはや組織だった盗賊と言うにも怪しい連中であったし、先日の様に「まともな盗賊」といった雰囲気すらない。残党、落ち武者、敗残兵と言った方が良いほど場当たり的に襲ってきていた事を思い出すおっさん。
「つまり、ここを襲って食い漁った挙句、西へ逃げ出したあいつらを探してうろついていた訳か、あのオーガどもは」
サンポもそう言いながら穴を掘っている。
おっさんが気が付いた時には、猿竜の名称がオーガになっていた。
もちろん、恐竜人間という程には人らしくなく、ディプノサウロイドでは長ったらしい。かと言って、おっさんが名付けた猿竜と言うのも、そもそも竜人であるとか人化竜を知らない者にとっては意味不明過ぎた。
それならば、これまでおっさんが思わず突っ込みを入れたくなった魔物の命名よりも真っ当な、オーガというモンスター名を名付けた方がしっくりくる。
などと、おっさんは自分の中で疑問を消化しているのだが、エミリーやサンポにしてみれば、恐竜人間であれ、ディプノサウロイドであれ、全く知識のない異世界語にしかすぎず、おなじ異世界語ならば、魔物の名前に近いオーガの方が響きが良かったという、何とも身も蓋もない話であった。
その際、おっさんがまず頭に浮かんだ猿竜なるネーミングは考慮すらされていない。猿は分かるが、物語や召喚者の創作で描かれた竜とは似ても似つかないため、猿と竜が結び付けられなかった事から、造語としてみなされることはなく、無視されていた。
遺体の埋葬を終え、周辺を軽く調査した頃には日が暮れ、今日はここで野営する。
夜も本来ならば見張りなど立てないのだが、さすがに状況が状況なので交替で見張りを行った。
翌日はさらに東進して目的の拠点を目指して歩を進めた。
「あれか?」
遠くにそう大きくはない砦の様なモノが見える。
「はい、あれですね」
おっさんが見た感じ、オーガに襲われた様子はなく、周辺に魔物らしき姿も確認できなかった。
同じように探っているサンポを見ても、何もないという仕草をする。
「大丈夫そうだな」
おっさんがそう言い、その砦へと向かう。
「止まれ!」
砦の門までまだ少し距離があるというところで大声で制止されるおっさんたち。
「どこから来た!!」
かなり殺気立ってそう問われ、東征村からであると告げる。
「連絡が行ったのか?」
警戒しながらそう問われたので、これまでの経緯を説明すれば、しばらく声が聞こえず、慌ただしく中で何かやっているらしいことが窺えるばかり
「状況は伝わってるようですね」
エミリーがそう言うが、伝わった状況と言うのがどういう物か、おっさんには中身に疑念があった。
「伝わっているのは良い事なんだろうが、中身次第だろうなぁ。盗賊の言った事が前線の状況なら、景気の良い事しか伝えない奴と、不満ばかりぶちまける奴がいて、こっちで正常な判断が出来て無いかもしれん」
おっさんは砦を不安そうに眺め、そう口にするのだった。
暫く後、砦から冒険者らしき数人が出てくる。どうやらおっさんたちを中に入れる気はないらしい。
やって来た冒険者は、警戒しながら近づき、おっさん達のメダルの確認をしたいという。
「あ?ねぇよ。俺とヘタは冒険者じゃないからな」
サンポがそう言うと、冒険者たちはマジマジとサンポを見て
「森人!?」
盗賊と同じように驚きながら呟く
「ああ、俺は男だ。こいつは期限付きで出て来ただけだから、手ぇ出すなよ?」
サンポが冒険者たちに凄むが、反応はまちまちである。ひとりは嫌悪感を示し、ひとりはウットリとサンポに見惚れ、ひとりはヘタに見惚れていた。
「私はダイキさんの妻です」
視線を感じたヘタがおっさんの腕をとって冒険者たちにそう言い、場を混乱させた。
それ以外は大きな混乱もなく、鋼級冒険者パーティである事を確認してもらい、途中で討伐した賊のメダルを見せ、休憩所の者たちのメダルも確認してもらう。
そして、冒険者達は盗賊や休憩所の者たちのメダルを持って砦へと戻ったのであった。
「いつまで待たせる気ぃ」
キャリーが心底めんどくさそうにそう口にするが、状況を考えれば仕方がない。
またしばらく待たされた後、別の冒険者たちがやって来た。
「待たせて悪いな。だが、アレに遭遇したなら分かってもらえるだろ?」
そう言って同意を求めてくる冒険者。
そんな彼らに収納袋から一体のオーガを取り出すと、驚いて固まってしまった。
「倒したのか?それも一撃で・・・・・・」
一番程度の良いボス個体である。側頭部に小さな穴が開いた以外に外傷はない。
まじまじとオーガを観察した冒険者が砦へと合図を送り、程なく
「許可が下りた、ようこそ」
と、中へと促してきた。
おっさんたちはようやく拠点へと入る事が出来たが、そこはもはや冒険者達の集う場所などではなく、まさしく戦いの場と化していた。
「まだ、オーガは来てないんだよね」
殺気だった冒険者らしき人々を見回しながら、コータが不安そうに聞いている。
「ああ、『まだ』来てないな」
冒険者の返答は、まるで近々来襲するかの様な口ぶりである。
そんな冒険者に案内された先は、見慣れた看板のある建物。ギルドであった。
おっさん達が中に入ると、屈強そうなる連中や、今でこそサンポに見劣りするが、妖艶な魔法使いなどが一斉に視線を刺して来るのに尻込みするおっさん達。
「なんか、場違いじゃね?」
キャリーが苦笑いしながら言うのも分かるおっさんである。
「よく来た。アンタがあの、大山猫や縞大猫を仕留めた魔弓使いか?」
受付ではなく、ホールで待ち構えていた初老の魔女がおっさんにそう尋ねる。
「ああ、そうだが」
おっさんも冒険者流にそう返す。
「大変な時によく来てくれたよ。すでにアレも倒したんだって?王軍が連れてきた召喚者の坊や達は残念だったね」
おっさんたちは詳しく知らない召喚者について口にするギルマスらしき魔女に対し、キャリーが口を開く
「それで、生き残りが居るって聞いたけど?」
ギルマスは首を横に振る
「そこまでの詳しい話はここにも来ちゃいないよ」
東方の戦況は相当に悪いらしい。