54・おっさんは自覚した
キャリーの放つ戦輪は鳥魚の羽根を断ち切る威力がある。もちろん、太鴨にも通用する。
そんな武器が飛んで来たら、剣や槍で弾き落とすのはほぼ無理で、革や薄い金属の鎧で防げるはずもない。
おっさんが戻った頃には5人が血まみれで倒れているのが見えた。
自分が一矢で倒した相手を確認するよりクルものがあったが、それでも連絡路での惨状よりはマシだと思えたおっさん。
「クソが!」
キャリーが5つの物言わぬ血だまりへとそう吐き捨て、茂みを睨む。
おっさんも気がついてはいたが、一人まだ潜んでいるのが分かる。
「ちょっと話を聞こうか」
出番のなかったサンポが弓を構え、おもむろに矢を放った。
「うぎゃあ!!」
数舜後に響き渡る悲鳴。
茂みへ入ると、肩を撃ち抜かれてそのまま木へと縫い付けられた一人の盗賊が居た。
「くそ、何なんだよお前ら!」
威勢よくそう言う元気な盗賊に
「お前ら、何やってたんだ?そこそこ腕の立つ冒険者だろうに」
サンポが呆れた口調でそう問えば
「腕が立つ?へッ、多少魔物が捌けたってどうしようもねぇんだよ、クソが」
なかなかに屈強そうなその盗賊はそう吐き捨てた。
「あなたも鋼級ですよね?ならば、熊系の魔物でもパーティであれば倒せたんじゃないですか?盗賊よりも楽なはずです」
エミリーも当然の疑問を口にした。
「終わってんだよ、東は。誰も彼もマトモに伝えやしねぇ。砦に行ってみろ。猿顔の馬みたいな奴が群れで襲って来るんだぜ?なのに、イケる、持ちこたえる。跳ね返せるってバカみたいに言いやがってよ。体張ってる身にもなれってんだ。もう南西砦は落ちてるだろうよ。南東も西南も無理じゃねぇか?もう終わりなんだよ俺たちはよ!」
と、勝手にまくし立てている盗賊。
「そうか。それは災難だったな。それが盗賊やって良い理由になるとでも思ってんのか?」
サンポがヤレヤレといった具合に口にした。
「仕方ねぇだろ!召喚者とかいう連中、クソ弱過ぎんだよ!アイツら意味ねぇぞ。もう終わりだ!」
と、こちらの話など聞かずに騒ぐ盗賊。
「どういうこったよ、おい!」
ズカズカやって来たキャリーが凄む。
「ああ、何だ?お前も召喚者か?へっ、サルのくせに体が馬なんだよ、アイツら。んで、蛇や魚じゃあるめぇにウロコまでもってやがる。剣も槍も効かねぇぞ。お前のアレならどうなんだろうなぁ」
そう言ってキャリーを蔑みながら口にした。
「お前もかよ!くそ野郎が!!」
キャリーが怒鳴る。
おっさんには何が何やら分からなかったが、どうもひと悶着あったことが理解が出来た。
「それって、馬の体に猿の半身が乗っかって、鎧代わりにウロコが生えてるって事?」
と、キョーコが聞く。
「ああ、そうさ。剣じゃ無理だぜ。召喚者様がえっらそうに呪文唱えながら振り回してたけどよ。効いてねぇんだぞ。笑えるぞ。無価値の召喚者ども!!」
鬼気迫る顔でそう叫ぶ盗賊。
「そう。これでも?」
言うが早いかキョーコは茂みの一部を居合で薙ぎ払った。
「おま・・・、何だよそれ・・・」
折れるではなく、すべてがキレイに斬れている姿に驚く盗賊。
「斬撃を飛ばさずに刃に何重にも重ねて伸ばして切っただけ。南の大蛇の胴も斬れる」
刀を鞘に納めながらキョーコがそう教えた。
「大蛇の胴をひと薙ぎで斬るだと?冗談だろ、おい」
「こっちのおっさんは魔弓使い、マグロを雷撃で墜とす」
盗賊がおっさんを見る。
「魔弓使いの召喚者・・・・・・」
開いた口がまるで塞がらない盗賊は、改めてサンポを見る。
「森人・・・か?」
改めて盗賊がサンポに問う
「だから何だ」
サンポのその答えに、盗賊はいきなり泣き崩れてしまった。
「何だよ。なんでこんなところに本物の召喚者と森人の魔弓使いが居んだよ。俺、何やってんだよ!」
盗賊はコータが治療しようとするのを拒否し、殺せと言う。
「今更、生きてどうしようってんだ。どうせ搬入班を襲ったのがバレて死刑だ。治したって意味ねぇだろ」
そういう盗賊だが、コータは引かない。
「だったら生きて死刑になってください。死ぬ前にやることがあるでしょ!」
その叫びに顔を背けるしかない盗賊。
「逃げるとは思わねぇのかよ」
そうコータに言う。
「逃げてどこへ行くの?北や南はもちろん。東へも行けないなら、西へ行くしかないでしょう。他の遺体のメダルは回収します。あなただけ見つからなければ、逃げても同じでしょ」
野垂れ死ぬか捕縛されて処刑されるしかない。なら、捕縛されるついでに正確な前線の情報を伝える仕事くらい、冒険者らしくやってはどうだというコータ。
「甘いのはあの召喚者どもと同じだな。血を見ても喚かず、人も殺せる分マトモだがな」
おっさんの価値観からすれば、血を見て喚き、人死に狼狽える方がマトモだろと思ったが、口にはしなかった。
ここはそんな常識が通用しない事を知ってしまったからだ。
おっさん自身、魔物をいくら倒そうと、解体して血や内臓を見ようと慣れてしまった。そして、どうやら感情や嫌悪感さえオフにすれば人も殺して何とも思わない事も知ってしまった。
盗賊の言う事が自分の常識になったことを自覚しているおっさんは、冒険者のマトモが何かに気付いてしまっていた。
「ところで、召喚者たちはどうしていますか?」
エミリーが盗賊にそう聞いた。おっさんも、コータやキョーコさえ気が付いているだろう。
「どうせ調子ぶっこいて死んだんでしょ」
キャリーは投げやりにそう言った。
「ああ、剣士や魔法使いは死んだ。治癒士は泣き叫んでたが、どうなったかは知らん」
盗賊の言葉に、誰もが沈黙した。
「王国らしいな。どうせグンマ―王国が王を見限って独立した理由も分かってないだろう。グンマ―王もキミオも、ダイキやお前たちと同じ、放り出された召喚者だ」
サンポの語る召喚者伝は衝撃的なモノである。
王城に留め置かれた召喚者たちが活躍した話はない。巷に名を遺す召喚者は、おっさん同様に放り出された者たちだという。
「グンマ―王が唯一の例かもしれないな。自分の力が知りたくて、チヤホヤされるのに飽きて王城を飛び出したそうだ」
つまり、王城に残った者たちは綺麗な装備を整え、形はしっかり整えられたものの、実戦経験という点では見劣りしたらしい。
追放召喚者の成果でもある魔物食や植物栽培からは目を背け、魔物を食う召喚者たちにも無関心。それが王国の現状であるらしい。
「ハッ、だから弱っちかったのかよ。召喚者のくせによ・・・」
初耳だったらしい盗賊までもが、そう脱力していた。
「言いふらすなよ?お前たちだから話したんだ」
サンポが冗談ぽくそう言った。