51・おっさんは甘かった
さっそく鎧を見に向かい、試着をしてみる。
「結構動きやすいな」
ゴテゴテしていて動きにくいかと思ったが、思いのほか動きやすくて驚くおっさん。
「そりゃあ、軽いウロコを使っているからさ」
と言われ、なるほどと思う。さらに、南で獲れた蛇の革も裏打ちしているので防御力と耐久性は格段に上がったと自慢される。
「おっと、蛇を狩ったのはそちらのふたりだったね」
といって女将さんが笑う。
槍や刀を使うエミリー、キョーコ、コータの鎧は当世具足風の袖になっており、より動きやすい。キャリーは投擲を主体とする事から腹巻となり、よりすっきりとしている。
「全員黒で揃えてみた」
というキョーコ。
彼女のいう通り、鎧は皆黒で統一されて一体感があると満足げなおっさん。
「なんだか飾りっ気の少ないカッチューだなぁ」
サンポが黒で統一された甲冑を見てそう言う。
「何?文句あんの?」
キャリーがサンポの呟きに突っかかっているが、彼曰く、甲冑と言うのは実用性よりも装飾としての用途が主で、とにかく華美でゴテゴテしているものしか見た事がないという。
それに何より、甲冑はただ強度のある革を加工しただけとか、金属板を叩いて成形したと言った冒険者や騎士、兵士が装備している一般的な防具や鎧とは違い、とにかく実用性が低いという。
「ハァ?コレのどこが実用性が低いって?」
キャリーの言う通り、実用性は一般的な防具やプレートアーマーと同等かそれ以上にある。貴族向けの華美な装飾品として強度の低い金や銀を使っている訳でもなく、重量がかさむ鉄を使っている訳でもない。糸だって実用性重視で選択しているほどだ。
「召喚者って言うからパレード用に作ってるのかと思っただけさ。それ、君たちの世界の武具なんだろう?」
サンポがそう聞いてくるので、キョーコが甲冑の歴史的変遷を説明する。おっさんもその知識に驚くことしきり、なぜそこまで詳しいのかと思う様な話を紡ぐ姿に、誰もが引いていた。
「お、おう。それは悪かったよ。戦の中で発展していったんだな。そりゃあ、実用的になるはずだ」
サンポもキョーコには一歩引いてそう答えるしかなかった。
「キョーコ。凄いですね。それで、キョーコの時代のカッチューは?」
と、どうやらヘタだけは前のめりにキョーコの話を聞いていた。もはや防弾チョッキの話になるとおっさんも聞くのを止めた。ついてけない。
そして、兜を見たおっさんは首を傾げた。
「あれ?」
それは兜は兜でも、鉄兜と言った方が良い代物だったからだ。
「それはテッパチをベースにしてもらった。飾り付けで兜っぽくしてある」
というキョーコの言葉通り、離れてみれば兜ではあるのだが、手に取ると兜の裏側には工事用ヘルメットの様な作りが見え、直に兜が頭と接触する構造ではない。ある程度調整も可能な様で、被って調整する事も出来た。
「兜の中に網を張って頭に直接当たらないようにするのか。コイツは考えたな」
サンポも興味を持って兜を覗いて感心している。
「そう言えば、アンタらって鎧とかないわけ?」
キャリーがサンポやヘタを見ながらそんな問いかけをした。
「防具ですよ?コレ」
ヘタが不思議そうにそう答える。おっさんも今まで周囲に溶け込むカメレオンの様な服が防具だとは知らず、驚いてしまった。
「何でダイキが驚いてるんだ?」
サンポにそんな指摘を受けるが、おっさんにとってはアニメのエルフが前提としてあり、大体のエルフが緑系の服装で防具を着けていないか、革の胸当て程度であったため、これまでそれが当然としか思っていなかった。
「まあ、たしかにこれが防具と言われても普通は信じないだろうな。魔力を通していないと布には違いない」
そういうサンポが魔力を通す。
「いや、布じゃん。って、え?」
キャリーがサンポの布を突いてみると、しっかりと硬くなる。しかし、風程度では普通に布としてふるまっていた。
おっさんもこれまで意識して見た事は無かったのだが、(なるほど、硬い訳ではなさそうだが、何かが当たっても体にダメージが入る感じでは無いな)と改めて確認していた。
「こういう効果がある糸を編んで作ってあるからだ」
サンポは得意げな顔でキャリーにそう言い、また言い合いを始めてしまっていた。
「このような効果がある服なので、人同士の大きな戦いでもない限り、防具は身に付けません。さすがに、大剣や斧を振られたら飛ばされますけどね」
と、サンポに代わってヘタが説明をしてくれる。
おっさんが気にしていなかっただけで、蛇革と同程度の強度は持った服なので、防具としての性能を発揮するとともに、姿を認識し辛い効果もあるので、魔物相手にはほぼこれだけで十分との事だった。
「ただ、長が言うには開拓地へ向かう場合は盗賊にも気を付ける必要があるとの事なので、防具も持って来ていますよ」
そういって革製の防具と、これからは暑そうな毛皮を見せる。
「その毛皮は、あの熊かい?」
おっさんは身覚えのある薄いグレーの毛皮について尋ねる。
「はい、あの毛皮です。熊の毛皮は矢も通さないんですよ?普通は。魔弓の矢であればダメージを与えられますが、ダイキさんの様に一撃で仕留めることは我々でも出来ません」
そういうヘタにおっさんは驚くしかなかった。
「ダイキさんの魔弓は召喚者の中でも屈指の力ですからね」
エミリーもヘタにそう賛同し、ふたりで意気投合している。
「それで、甲冑は修正するところ無かった?」
エミリーとヘタに声を掛けようとしたおっさんは、キョーコにそう呼び止められ、改めて甲冑の具合を確認する。
その時になって甲冑の軽さや着心地に気付く当たり、どうやらおっさんはいつも通り少々抜けているらしい。
「ああ、特に問題ないな」
おっさんは知らない。キョーコの助言によって甲冑の構造は後ろ開きから横開きへと変更され、まるで防弾チョッキの様な機構になっている事を。
その上、内張にも工夫を凝らし、もはや甲冑の域を超えている事を。
暢気にキョーコに同意し、鎧の代金を聞いたおっさんは驚くことになった。
「え?金貨1万枚?高くなってない?」
「いやぁー、こちらのお嬢さんの要望を聞いて改良を加えたからねぇ。これでもウロコや蛇革は持ち込みだから安く出来た方だよ」
との言葉に驚愕してしまう。そこで確認したことによると、キョーコの助言によって甲冑の構造が大幅に変更となり、おっさんの甲冑も半ば作り直していたらしい。カネに糸目はつけないと言ったおっさんが甘かったのだと今更気づいたが、後の祭りだった。