5・おっさんは驚愕する
「やりましたね!」
中型犬サイズの一角獣に深々と槍を突き刺したエミリーがおっさんにそう声を掛ける。何とか答えたおっさんだったが、実はそれどころでは無かったりする。
ミサイルの様に軌道を変えた矢の動きが理解できなかったのだ。
「なあ、解体の前に、見えているアイツを倒しても良いか?」
おっさんは遠くに見える別の個体を指してそう言った。
「構いませんが、先ほど見たように、ジャンプ力が凄いので早々矢は当たりません。牽制や今回の様なやり方が最善だと思います」
確かにそうだとおっさんも思う。しかし、先ほどのミサイルが目の錯覚でないのならば、きっと仕留められるはずだという期待もあった。
少々距離があるが、ミサイルであるなら多少狙いが逸れても問題はない。そうと決まれば獲物を射るのみ。
おっさんは標準的な弓では届きそうにない遠方の獲物へと矢を放った。狙われた角兎も弓の間合いは心得ているのか多少の警戒こそすれ逃げる様子を見せない。
もうすぐ命中と言う時にようやく危険を察知して跳躍する得物。普通であれば矢はそのまま地面に刺さって終わるはずだった。
が、矢はおっさんが目で追う獲物の後ろ脚目指して軌道を変え、降下から上昇に転じたかと思うと空中に居るウサギの後ろ脚へと見事に命中した。
「やはり、か。コイツはとんだチートじゃないか」
そんな呟きを漏らすおっさん。
「凄いですよ!ダイキさん!!」
エミリーも着地したウサギがバランスを崩して倒れる姿を目撃しておっさんを誉めそやす。こうなれば止めを刺さない訳にはいかない。流石にもう一度エミリーを走らすのもどうかと思い、おっさんは二の矢を番えて頭を狙い射る。逃げようと藻掻くウサギの頭へと軌道を修正しながら刺さる矢。もはや疑いようがなく、それはおっさんの狙い定めたポイントへと矢が誘導されていた。
「遠距離の相手はダイキさんひとりで対処できてしまいますね。なら、私はダイキさんの周りを守ります!!」
どうやらエミリーは無双するおっさんの能力を認識したものの、離れるという選択肢はないらしかった。
冒険者2日目のおっさんは再び苦悶の時間を迎える。エミリーによる解体講座のはじまりだった。
「角兎は角が有用な素材であるのは言うに及ばず、あのジャンプ力を発揮する後ろ脚の肉も良い値で買取してもらえます。なので・・・・・・」
エミリーはしっかり血抜きのポイントや皮を剝ぐコツ、などを解説していくが、それらは冒険者2日目のおっさんにはただの拷問でしかなかった。
「ダイキさん、あちらの獲物はダイキさんひとりで仕留めたので、やってみてください!」
元気よくそう言われた時には、ブラック企業のイジメと錯覚するほどだった。
「あ、ああ、分かった」
もし、騎士から手渡された装備一式の中に解体用ナイフが含まれていなければ、「ハハハ、武器持ってないんだよ、テヘペロ♪」と逃げる事も出来たのだろうが、腰にぶら下げたナイフが見えているのではそうもいかない。
おっさんは出来るだけ無心に、エミリーが先ほど解説したようにウサギへとナイフを挿し込み、生暖かい血が手に掛かって悶絶しながらも、何とか耐え、温もりのあるモフモフ(獣臭つき)にナイフを突き立てて皮を剥ぎ、泣きそうになりながら後ろ脚を切り取る事に成功した。
「やはり自分で仕留めた獲物は格別ですよね!」
キラキラした瞳でそう言って来るエミリーに対し、「苦痛だ!」とは言えず、苦笑いを返すおっさんだった。
エミリーの説明によると、角兎狩りはもっと大人数でやるか、弓使いが腕試しとして遠距離から矢を射かけるのが普通だそうだが、おっさんの場合は槍や剣を使う仲間が居れば近距離で戦う事も出来るため、エミリーの修練も兼ねて中近距離での戦いをやって欲しいと頼まれる。
ミサイルと化した矢の検証がやりたいおっさんも否やは無かった。
3羽?目を探すおっさんとエミリー。
「2体も倒してしまったので警戒して隠れてしまったかもしれませんね。縄張り意識が強い魔物なんですが、それ以上に警戒心も強いので、戦闘が起きるとしばらく巣穴から出て来なくなるんです」
と説明するエミリー。多少歩けば別のテリトリーに入るのでまた見つけることは出来るだろうと歩みを進めていると、近くでひょっこり顔を出す姿を見つけることが出来た。おっさんは仕草がミーアキャットに見える凶悪な一角獣にどうしても慣れることができそうになかった。
すぐさま諸悪の根源である角兎に矢を射かける準備をし、飛び出してくるのを待つ。
先ほど同様に後ろ脚を狙い、トドメはエミリーに任せる。
やはり、まっすぐ飛んで行ったはずの矢は途中で軌道を修正して空中を移動する獲物の後ろ脚を射抜いていく。うまく着地出来ずにしたたかに体を打ち付けた角兎が藻掻いているうちにエミリーが駆け寄り、一瞬でトドメを刺す。
冒険者として活動できるのは15才から、石から銅への昇格が通常半年とされている所、エミリーは4カ月で駆け上がったそうだ。もともと魔力量では黄色メダルとあって、適性を持った槍の扱いは上手く、危なげなく扱えている。
「やりました!」
おっさんは元気なエミリーに若干気圧されながらも、何とか自分のチート能力について考えを巡らせる。
こうして3羽?目を狩り、エミリーから解体の復習としてまたもや解体をやる羽目になったおっさんは、慣れない手つきで何とか解体を終え、角と後ろ脚を巾着へと収納した。
「ここまで状態の良い3体分の後ろ脚があれば十分な報酬が期待できますよ。流石に岩鎧亀には全く及びませんが」
というエミリーだったが、彼女の予想報酬額は一人当たり銀貨3枚は確実と言う事で、そろそろ帰ることにしたおっさん。
帰って練習場で試してみたいこともあったので、そそくさと帰る準備を始める。そして、ふと、とある事を聞いてみるおっさん。
「ダンジョンってのがあったりするのか?この世界って」
おっさんは笑われても良いと聞いてみたが
「ありますよ。ダンジョンは管轄の違う別の冒険者ギルド、通称盗賊ギルドが管理していて、大地に口を開けた魔物の中を探索するんです」
と、かなり詳しい説明を受ける。
ダンジョンにはダンジョンコアと言う物があり、それが核となり、ダンジョンと言う名の魔物を形作っていると言われる。ダンジョン内であれば出現する魔物を倒せば、魔物の一部がドロップと言う形で残り、死体は消えてしまうゲームの様な仕様になっていて、コアに近づくほどに強力な魔物が配置されていると教えられたおっさん。
「ただ、国内にあるダンジョンはひとつなので、本格的なダンジョンの踏破を目指すには他の国へ行く必要がありますね」
と教えられ、石級の信用度では国を跨ぐ移動は難しいと聞いてうなだれるおっさんだった。