46・おっさんは頂かれる
おっさんはヘタの言葉を聞いてどう答えて良いのか分からずウルホを見る。
「いやぁ、ここまで積極的とはね。しかし、ヘタだけを向かわせるわけにはいかない。まだ影熊を巧く探れないでしょう?」
その言葉にホッとするやら、もっと他にないのかと言いたくなるやらのおっさん。
そんなおっさんを余所にウルホによるヘタの説得が行われる中で、ヘタが二十歳だという事を知る。ただ、その年齢が人間基準でいくつ相当なのか分からない。
「分かりました。長に従います」
ヘタはどうやらウルホの説得を受け入れるらしい事にホッとするおっさん。
「ここは獲物探しが得意な者が良いですね」
そう言って考えるウルホの姿は画になっている。
「ダイキさん?森人と言っても長は男ですよ?」
ウルホに見とれるおっさんにそんな声を掛けるヘタ。おっさんは言い訳をしようとするが、すかさず口を開いたのはヘタだった。
「そうですよね。西方人や召喚者には見分けがつかないようですから。しかし、私がしっかり教えてあげますよ」
なぜか自信ありげにそんな事を言うヘタなのだが、身長はともかく、女の子らしさはエミリー以下である。もしかして森人の二十歳はまだ子供なのかとも疑うおっさんだが、冷静に考えてそんな子供であればさすがにウルホが止めるだろうと考え直すのだった。
「ここはマリに頼もう」
ウルホがようやく探索を行う人物に当たりを付けたらしく、そう口を開いた。
おっさんは先ほどミカと言う人物が男であったことを思い出す。日本人の感覚とは名前が逆転しているという事でマリも男だと踏んだ。
ウルホに促されてヘタがマリという人物を呼びに行ったことから、おっさんは森人の年齢についてウルホに尋ねた。
「ヘタの年齢かい?20歳だよ。まだ成人したばかりで危なっかしい所も多い。それでも外への興味を持っているから一番に声を掛けて来たんだろうね」
と、ニコニコ答えている。これからこんなおっさんがうら若い自身の孫に手を出すも知れないというのに、なぜなのか不思議がるおっさん。
「そうだね。貴族たちもそう言った考えを持っているみたいだけど、ここでは子を産めるかどうかはとても重要な事。初産を終えて初めて本当の意味での成人なんだよ」
もはやおっさんにはついて行けない世界である。子供を産める様になる年齢が18~20歳と言う事で、おっさんはある事に気がついてしまった。
そう、人間でそう言う体の変化が起こるのは小学校高学年頃。つまり、人間で言えばまだ13歳前後でしかない事になる。早い場合は11歳ごろと、それはどう言いつくろっても犯罪行為である。
「いえいえ、森人では普通の事ですよ。ほら、ダイキのいう年齢の子たちはあんなに小さいじゃないですか」
そう言ってウルホが指す方には、確かに小学生ほどの子供たちがこちらを窺っている。
「子供を産める体になっているから、それを証明しないと大人とは言えないんですよ。ええ、もちろん男の方も同じですから、双方に相手が選ばれるんです」
魅惑的な笑顔でそう答えるウルホに見惚れるおっさんはそれ以上の思考を放棄してしまった。
「連れてきました」
ヘタの声がして振り返れば、ヘタと同じくらいの身長の人物が並んでいた。ヘタと比べて年齢が上だろうとは何となく分かったおっさんだが、それ以上は分からない。
「マリは39歳、ダイキと変わらない歳だね」
ウルホがそう補足して来るが、どう見ても20代前半である。
「影熊を狩るんだそうだね。しっかり協力させてもらうよ」
ウルホと変わらないほどの美貌の持ち主がそう声を掛けて来るので、おっさんも釣られてあいさつを交わすのだった。性別など全く分からないのだが、イケメンなら女、きっとマリは美女だから男だろうと判断するおっさんだった。
そして、その後はおっさんを歓迎する宴となり、食べ物や飲み物の準備が行われる。
「ダイキは面白いことを言うね。弓が得意なのであれば、狩猟を行っているのだから、肉を食べないわけがないじゃないか」
おっさんは日本での森人、つまりエルフについて話をしたところ、ウルホに笑われてしまった。
確かにおっさんもおかしいとは思っていた事だ。
エルフと言うのは森に棲んでいて弓が得意と言うのが多くの物語で共通している。しかし、エルフは弓が得意にも拘らず、肉を食べるのではなく木の実などを主食として肉に手を付けないという設定が存在する事を話題に挙げたところ、案の定笑われてしまった。
「ダイキさんの世界にはその様な者が居るのですか?」
ヘタも隣で話を聞いており、その様に聞いてくるので、あくまで物語に出てくる架空の存在だと説明した。
「それは変な事を考える人も居たものですね。自ら獲物を捕まえるために弓の腕を上達させるのでないとすれば、他の部族と争うために技を身に着けるという事でしょう?そのエルフという部族は常に争いごとを起こしているんでしょうか?」
ヘタの疑問はもっともだと思うおっさん。
確かに、自らの糧として肉を得る事を目的に弓の技術を修練しているのでなければ、それは武士や兵士と言った戦闘職の事を指すのは当然の発想である。
この世界では冒険者が魔物から身を守るため、村や町を守るために戦闘技術を身に付けてはいるが、もちろんそこには糧を得るという目的も含まれている。
襲われる危険や飢餓の脅威が著しく低下し、ただ純粋に技を競うために技術を身に着けるスポーツなどこの世界では想像すらできないのだから、ただ技を高めるなどと言っても理解されることの無いおっさんだった。
「その様な満ち足りた世界からやって来た召喚者が、我々以上の技を持ち魔物に立ち向かい打ち倒すというのは本当にすごい事なのですね」
ウルホから聞いた通り、どうやらヘタは小中学生レベルの純真さで話を聞いているのだと実感し、どこかうしろめたさを感じ始めるおっさん。
そうこうするうちに宴の準備は整い、ウルホの音頭と共に飲み食いが始まっていく。
おっさんが口を付けた物はどうやら度数のあまり高くない、それでいて澄んだ酒であった。
手に取った食べ物はまるでバナナであった。
「どうだい?その酒は壺花の蜜で作った酒だよ。食べているそれは、キミオがバナナと名付けた果実。どうやら地球と言う世界では、常夏の地域に育つ草木らしいね」
おっさんは植物の生態まで地球とはまるで違う事に驚きを隠せなかった。
その夜、調子に乗って飲み過ぎたおっさんは翌日から探索に向かう仲間となるマリによって寝所まで運ばれ、男だと思って安心しきっていたところをおいしく頂かれてしまうのだった。