44・おっさんは安心する
北の村までの道はすでに残雪も無く、時折ぬかるみを避けながらではあったが、魔物にも遭遇せずに辿り着けた。
「呼んでいると聞いて駆けつけたんだが」
おっさんがギルドでそう告げると、受付はホッとした様な顔をする。
「良かったぜ、南へ行ったと言うから国を跨いだのかと思ってな、至急って追加を入れたのさ」
などと言われ、余計に疑問が増すおっさん
「何か急な依頼か?」
「依頼ってわけじゃねぇ。待ち人だ。おい、ウルホ!」
受付が声を掛けた方へ振り向いたおっさんが見たのは、キメ細やかな金髪を靡かせ、透き通った肌に彫刻の様に整った顔立ちをした、おっさんより少し上背の美人だった。
「あなたが魔弓使いか?」
女性にしては少々低い声で問われたおっさんだが、見惚れてそれどころではない。
その姿を見咎め、顔を顰める姿すら画になる様な人物である。おっさんにはもはや別世界の人と言えた。
「南へ来ればこうなるのは何時もの事だが、私は男だ」
画になる微笑みと共に発せられる言葉の意味がおっさんには分からない。
いや、分かったところで何が変わるでもなかった。
「こ、これがそうか。付いてるのはご褒美と言うのは・・・・・・・」
などとうわ言をつぶやくしか反応しないおっさん。
「どれだけ衝撃を受けているのか知らないが、森人の話くらいは聞いた事があるだろう?」
と、首を傾げる姿に見惚れたままのおっさん。
「やれやれ、ほら、どうだ?」
おっさんをハグする美男子に驚くしかない。しかも、まったく男臭くないのだから余計に困るしかない。唯一、硬い胸板の感触しかない事だけは理解できたが、それすらご褒美と誤認してしまいそうだった。
「正気に戻ったかな?」
美男子が手を離し、そう言われてなお、正気とは程遠いおっさん。まさか自分にそんな性癖があるなど思いもせず、しかし、その先を想像して何とか正気を取り戻した。
「・・・ああ、済まない。あまりの美しさに言葉を失ってしまった。聞いていてもここまでの美貌は想像できなかった」
そんな事を口走るおっさん。
「それで、あなたが魔弓使いで良いのかな?」
まだ正気とは言えないおっさんに追い討ちをかける美男子に、また冷静さを失いそうになりながらも何とか頷くおっさん。
「そうか。パーティの鎧が揃うまでの間、我らミッコラの郷へ招待したいのだが」
そんな美男子の問いに、おっさんはふとエミリーを見る。
その視線に釣られたウルホもエミリーへと視線をながし、
「うん?もしや、ヨエンスーの血が入っていないか?」
ウルホはエミリーへと問いかけた。
「ヨエンスーの血ですか?いえ、両親とも西方人のはずですが」
そう返され少し考えるウルホ。
その姿すら画になっている。
「ちなみに、両親の名前は?」
「父がケージ、母はミンナです」
「ふむ、父は西方人だな。だが、母の名前はヨエンスー族に伝わる由緒ある名前だ。居ないとは言わないが、西方人には少なかろう」
ウルホにそう言われてエミリーがしばし考え、口を開く
「たしかに、母は出自の話をしたことがありませんでした。覚えている容姿にも、森人だと一見して分かる特徴は思い出せません」
エミリーはポーターとなる11歳から冒険者ギルドで働き、両親は開拓地へと向かい、ひとりだったため、最近の両親を知らない。
「その目の色は西方人には珍しくないか?」
ウルホの問いに頷くエミリー。
「祖父母のいずれかがヨエンスーの者だったのだろう。外で産まれた子の事など我らも気にしないのだから」
そんな、おっさんには分からない納得をふたりがしている。
「ちょっと待って、それっておっさんを種馬として二ヶ月貸し出せって事?」
ふと、キャリーがそんな事を言う。種馬という言葉におっさんもある事に思い至り、エミリーを見る。
「森人の郷で、森人が子を成せば森人が育てる仕来りです。彼らは召喚者や優秀な外の者の血を求めていますから」
と、特に感情も無く説明され、戸惑うおっさん。
「エミリーはそれで良いわけ?」
キャリーがエミリーに問う。
「え?何か問題が?」
エミリーはキョトンとして不思議そうにキャリーを見返した。
「あー、忘れてた。ここは異世界だったわ」
キャリーも何やら肩を竦める。
「ふふ、彼女以外は皆召喚者かな?魔弓の祖、キミオの言葉が伝わっていてね。君たちの世界は厳格な一夫一婦制だから、タネウマとして扱う事を勧めている。郷の仕来りに従い子は間違いなく育てる。君なら、我が子を成す相手として招いても構わないが」
ウルホはそう言ってコータの顎へと手を伸ばした。
「ソイツ、あたしの男だし」
キャリーが呆れ顔でウルホに言うと、彼も少し驚いた顔をする。
「まさか、召喚者にもこの様な者が居たとは。何、ならば他の郷にも声を掛けよう」
「いや、人の話聞いてた?!」
キャリーが叫ぶが、当のウルホはどこ吹く風である。
おっさんもそれを見て何か言わなければと考えたが、何も浮かんで来ない。それどころかウルホの様な女性がわんさと居ることを想像して流れに身を任せようという考えに至るのだった。
「ダイキさん、森人は昔から外の血を求めてやって来ます。招かれるのは名誉な事ですよ」
エミリーがどこか積極的なのが気に掛けるおっさんであった。
「彼の言っていた様に俺の世界は一夫一婦制でな・・・・・・」
そう頭をかくおっさん。
「王都の様な街や貴族も西方の考えもダイキさんと変わりません。それでも開拓には危険が伴うので冒険者はそんな事は言ってられないですよ。養える者が食い扶持を与え、育てられる者、多くは戦えなくなって引退した冒険者やギルドですが、そうした人が子を育てるんです。そうしないと魔物に呑まれて元の原野へ戻るのがこの地。私は何も気にしていません。血を必要とする者へ分けるのも召喚者の役目です」
そんな、おっさんの背を押すエミリーに後ろめたさを感じながらも、欲望には勝てなかった。
「エミリーがそこまで言うなら」
ちなみに、ウルホに見惚れて一言も発しないコータはキャリーの反対で居残りが決まる。
「それじゃあ、彼は借りて行くよ」
おっさんは何をしても画になるウルホに連れられ、森人の郷へと向う。
居残る四人、特にエミリーにその間の事を任せるにあたって話をする時間を設けたのだが、おっさんはふとコータにウルホの事を聞いた。
「すごくイイ香りのする人でした」
ウットリ言うコータの姿に、自分だけがおかしな性癖に冒されているのではないと知り、安心するのもつかの間。
「さっさと逝って来い、種馬!」
キャリーのジト目に見送られながら出発するおっさんだった。